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アガンベン・メモ(b17)

1・16
これまでも、存在論と人間との関わりについては、議論がなされてきたが、ここで、再度その点がまとめられ、言語活動、ヒュポケイメノンとティ・エーン・エイナイの意味について、確認がなされる。

「存在論がアントロポゲネシスと組成上関係があること」
「アリストテレスの存在論的装置において」「問題となっているのは、言語活動とアントロポゲネシスがホモ・サピエンスという種の生物たちに「歴史」として開いてきた世界との分節化なのだ。純粋の存在者(存在する者)を本質(そがなにであるか)から分離し、両者のあいだに時間と運動を挿入することによって、存在論的装置はアントロポゲネシス的出来事を再現し反復するのであり、そのつど、行為することと認識することの地平を開き定義して、人間が行為しうるものと人間が認識し言表しうるものとを歴史的ア・プリオリとしてみられてきた意味において制約するのである。」

「アントロポゲネシスのなかで言語活動という出来事は、それに先行するものを、なおも言語的ではなく、なおも人間的なものとして〈先に置く〉。すなわち、存在論的装置は生きものを基体化の形態において捕縛し、それをそれにもとづいて言表がなされるものとして、言語活動が到来するときには根底に追いやるものとして、先に置かねばならないのである。」
「ヒュポケイメノン」
「純粋の「存在するもの」は、この先の置かれたもの、存在論的装置のなかで排除すると同時に捕縛しなければならない単独的で述語不可能な現実存在を名指ししている。」
「ティ・エーン・エイナイ」
「「エーン」(「あった」)は、この意味において、あらゆる動詞的過去のうちでも最も古い過去である。というのも、それは言語活動という出来事の根源的な構造に言及したものであるからである。」「問題になっている先行性は、クロノロジカルなものではなく、言語活動の先に置く作用の結果なのである。」

「基体=ヒュポケイメノンの身分の両義性」
「一方では、それは言表することができず、ただ名指しし指摘することができるにすぎないために、排除されるのだが、他方では、それはそれにもとづくすべての言表がなされるところの根拠なのだ。」「これが「~であること」と「~であるもの」、"quod est"と"quid est"の分離の意味」
「ティ・エーン・エイナイ」
「この分離を超克しようとするこころみであって、その分離を包含しながら超克しようとするのである。」
("quod quid erat esse"という中世の定式において、"quod est"と"quid est"を同時に保持しようとするこのこころみは明々白々)

注:
「栄養摂取のための生は、たんに生きることが政治的に資格づけられている生きることから排除されなければならないのと同じように、都市から排除されなければならないもの──に転化する。存在論と政治学とは完全に対応しあっている。」

この「1 存在論的装置」は、むすびにおいて、ビオスとゾーエーとの問題に関連付けられる。
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Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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