FC2ブログ

アガンベン・メモ(b18)

1・17
これまでの議論を、プラトンとを対比しつつ、日常的な思惟(素朴実在論)に対する哲学的問いの特質(高次の実在論)が述べられる。

「プラトンにおける存在論的パラダイムはまったく異なる。彼は言語活動の先に置く構造を発見してこの構造を哲学的思考の基礎にしようとした最初の人物である。」

「言語活動の力は、始元(arche)を仮定(hypothesis 言葉がその指示対象として前提するもの)に変容させる点にある。」
「哲学的でないあらゆる談話のなかでおこなっていること」
「名詞がわたしたちが扱っている非言語的なものに言及したものであるというのは先刻承知のこと」「それをそこから出発することによって認識を獲得することができる与件ないし始元とみなしている。」

「哲学者というのは、この言語活動の先に置く力を意識しながらも、もろもろの仮定を始元としてではなく、まさしく、先に置かれたものとして扱い、先に置かれたのではない始元に到達する踏み台としてのみ使用されなければならないと考える者のことである。」
「言語活動を先に置くことをしないような仕方で、すなわち、指示関係的ではない仕方で利用することが大切なのだ。」
「哲学者は言語活動をその影から解き放ち、もろもろの仮定を先刻承知とするのではなく、」これから仮定──すなわち外示的な言語から──先に置かれたものではない始元に向かって遡っていくのである。イデアはその影から解き放たれたこの言語であって、それは始元=アルケーを与件として先に置くのだはなく、名辞と元論に先だって置かれているのでないような始元に到達しようと努める。」
「先に置くのではなく、可感的指示関係から解放された言語をつうじてのみ、動いていく」「イデア」「アウトス(autos「そのもの・自体」)」「円そのもの」「物自体」「ひとたびその先に置く力が意識されたとたん、言語活動の影から解き放たれたときに姿を現わすもの」「言語の先に置く力を衰退させることによってのみ、言語がもの言わぬ事物が現われ出るままにさせておくことは可能になる。」
「物自体と言語活動自体」「とがその時点で接触するにいたる」「指示作用と表象作用の空虚によってのみ結合されて」、「「触れる」言語」「接触するなかで、事物とそして同時に自分自身を明示する」、「《媒体をつうじて(metaxy)》ではなく《媒体といっしょに(ama)》」

「プラトンによると、思考は、言語活動の〈先に置く〉力を根絶しながら、先におかれるのではない始元に到達しようと努めねばならない」
「アリストテレスは──そして彼のあとではヘーゲルが──まさしくロゴス=言論の〈先に置く〉力を彼らの弁証術ないし弁証法の基礎に置いている。」
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、内容的にこの科研のテーマ(「自然神学・環境・経済」)に限定されない諸問題を扱うことが多くなったため、本ブログのタイトルと趣旨を変更したいと考えました。新しいタイトルは「自然神学・宗教哲学・自然哲学」となります。もちろん、これまで同様にさまざまな問題を取り上げます。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR