本とのつきあい

 最近、同志社大学文学部で長い間、哲学を担当され、波多野宗教哲学の研究者としても著名であった、浜田與助氏のご遺族(息子さんのご夫人)とお会いする機会があった。用件は、浜田氏の著書などについてであり、京都大学キリスト教学研究室に、貴重な書籍を寄贈いただくことになった(内容については、近日中に本ブログでも紹介したい)。実は、これまでも、しばしば図書などの寄贈に関しては、相談を受け、研究室で受け入れることも行われてきた。最近で言えば、森田雄三郎先生のユダヤ学関連の書籍や、熊谷一綱先生の書籍などが、同様の例としてあげられる。

 寄贈を受ける条件は、研究室における教育研究に役立て得るということであり、寄贈された書籍は、文庫という形で整理登録し、研究室で活用する方向で整備中である(森田文庫はかなり形が整ってきた)。

 キリスト教思想研究はもちろん、研究全般にとって、書籍とは極めて重要な存在であり、また愛着もひとしおである。しかし、大学を退職し、人生も締めくくりの段階になると、最大の悩みの一つとなるのは、長年収集してきた愛着ある書籍の整理・処分である。もちろん、家族の中にそれを受け継いで研究を志す者が存在するなど、書籍の活用のめどがついている場合は、問題ないわけであるが、こうしたケースはむしろ稀であり、膨大な書籍を整理することなく本人が亡くなったときに、遺族は大きな負担を背負うことになる。大学図書館に寄贈するということは現在どの大学でもほとんど不可能であるし、家族や弟子でそれを受け継いでくれる者が存在することもほとんど期待できない(部分的に蔵書を引き継いでくれる人はあるだろうが、大半はそうはゆかない)。こうして、貴重な書籍コレクションが、次々に散逸し、最終的には古書店に流れるか、あるいは廃棄処分ということになる。

 こうした現実を考えるとき、自分の蔵書の行方についても心配になるわけではあるが(最近は、今から少しずつ処分を行おうという気にもなり、とりあえずコピーの処分を始めつつある)、その前に、貴重な知的財産(その一定の部分は研究費によって購入したものであり、その意味では国民の財産でもある)を散逸させずに蓄積し、その管理を含めた研究センターを構築することが緊急の課題となってくる。このあたりに知恵を絞る必要があるのではないだろうか。日本は今後人口減少期に入ると言われるが、都市の比較的便利な場所に、蔵書センターを作り、一定程度公的な運営が可能になれば、大学などの図書館を補完しつつ、次の世代の研究者の育成にも意味をもつのではないか。研究室の本を眺めながらこんなことを考えるのは、わたくしだけであろうか。
 このセンターの構想はいずれ形にしたいと考えている。その際には、ご協力をよろしくお願いしたい。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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