浜田與助(4)

 浜田先生のご遺族より寄贈いただいた資料の中に、論文の抜き刷りを思われるものが含まれていた。最後に、「終りに本稿のために四回まで誌上を提供して下だすつた松村主筆を始め同志諸兄に厚く御礼申し上ぐる次第である。(六月三日)」と結ばれていることだけからでは、この論文が掲載された論文名やその時期などは確定できない(おそらくは、浜田先生が所属していた同志社大学文学部あるいは哲学研究室における紀要の退職記念号などを調べればこうした点は解明できると思われるが)。

論文のタイトル:「福音の生活化─福音の本来性への帰還─」、タイトルの後に次の言葉が引用されている。
  Beata quippe vita est gaudium de veritate. (Augustinus: Confessiones. X. 23.)

4回にわけて執筆されており、
全体は、一~五、六~七、八~九、十~十一という仕方で番号で区分されている。

 論文の主旨は、「生命の言」である福音(福音の本来性である生命)が生活の内にこそ存立すべきものであり、それが忘れられるという危険から福音を守り、回復することにある。
 論文が「福音」をテーマにしていることからわかるように、この論文では、聖書(新約)の言葉が、多く取り上げられ論じられる。しかし、それは聖書学的あるいは聖書神学的な議論と言うよりも、いわば宗教哲学的な議論の中に比較的自由に引用されている印象を受ける。基本的には、宗教哲学的な論文であり、フォイエルバッハ、カント、ベルグソン、シェーラー、ジンメル、ヘーゲル、キェルケゴール、クローチェ、ハイデッガー、バルト、スピノザ、アルトハウスなどに、縦横に言及しつつ、議論は進められる。

 この論文では、様々な点で波多野宗教哲学と重なるものであるにもかかわらず、波多野への言及は見られない。また、以上の議論の仕方は、一つの論文スタイルというべきものであり、しばしばほかの論者においても採用されるものである。ここに、哲学論文の世代的な特徴を見ることができるかもしれない。
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