科学技術とキリスト教、高木仁三郎(2d)

 詳し目に紹介してきた『市民科学者として生きる』も、最終章に入ります。ここのテーマは未来、つまり希望です。

「本書の終りには、どうしても未来について語りたい。それは私にとって希望を語ることに等しい。」(227)

今1:原子力資料情報室
(1)情報の収集と提供  (2)調査研究と評価  (3)キャンペーン  (4)政府活動のモニター  (5)国際的なネットワーク
(1999年の時点で、常勤スタッフ8名、パートタイム、ボランティアを含めて12,3名程度のスタッフ。NPOとして申請中。現在のHP、http://cnic.jp/)

今2:高木学校、「市民科学者を育てるための学校」
「象牙の塔の外側で、市民と関心を共有し、その目の高さから市民と共に活動でき、しかもそれなりの専門性を有する科学者・活動家を育てたい。」(231)

「この期間を積極的に利用することで、私のメッセージをより直接的に多くの人に伝えられるし、私が死んだ後も、多くの友人たちを通じて私の歩んできた道、志、反省などが、後の世代に生きていくことができるのではないか。「来世の生まれ変わり」は信じないが、自分から打って出て、私の命を次の世代へとつなでいくことがdけいるのではないか」、「死の予感を生きる力にできるという確信は、まったく予想もしなかった形で私をとりこにした。」(237)

(この高木の考えは、次のヒックの考えに近いのではないだろうか。「そこで私の提言は、私たちの現在の生が多くの束の間の自我を通じて連綿とつづく過程に対し、何らかの貢献をしているものと認める、ということである。前に使った比喩を用いるなら、私たちはたいまつのバトンを持っていて、自分に任された僅かな時間を走りとおす、リレー競技の走者のようなものである。そう考えることで、私たちは現在の生は深い意味を持つことになり、最終的には完成へと向かう。この同じ霊的プロジェクト引き継ぐ諸々の未来の自我を助長し、あるいは阻害することで、積極的に、あるいは消極的に、何らかの貢献をするのである」。これは、ヒックが『人はいかにして神と出会うのか 宗教多元主義から脳科学への応答』(法蔵館、235頁)の最終章「死後はどうなるか」で述べた言葉である。このイメージは、フィリピの信徒への手紙の次のパウロの言葉へと遡及するかもしれない。「3:12 わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。13 兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、14 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」。オリンピックの時期に重ねるわけではないが、確かに人生は競技、バトン・リレーかもしれない。「走る人間」というイメージがそこにある。)

理想主義
「理想主義を支えるのは、多分に現実を無視した楽観主義かもしれない」、「持続した理想主義は、必ずやある結実をもたらすと確信している」、「もうひとつ大事なことは、持続である」(238)、「私は、人から人へ、世代から世代へ、ある同じ志が持続されていく、そういう持続が、理想を単なる思想でなく、現実へと実現させる力になり得ると信じている。」
「次の世代へとつなぐこと」
「このつなげるためのキーとなるものは何か、といえば私は「希望」であると思う。」
「人と自然との共生と、多様な文化・人種の間の共生の問題」(239)

危機感
「結局、私たちの世代も、それ以前の世代の誤ちを教訓化し得なかったのか。」(2529
「今、われわれの、そして地球の未来が奪われつつあり、未来そのものの存在が大きな〝?〟の中に包まれていることを、多くの人が実感している。」(253)

あきらめから希望へ
「困るのは、この様な諦観が現状の危機を放置するどころか加速する方向に働くことだ。」(254)
「ここに欠如しているのは、人々の未来に対する希望である。」
「安全で自由な暮らしと未来に対する人間としての当然の希望、そのために努力したいという基本的な意欲」
「私たちはあきらめからの脱出、すなわち希望を、単に個人個人に期待するだけでなく、人々の心の中に積極的にその種を播き、皆で協力し合って育てていくものとしてとらえ直す必要がある」、「「希望の組織化」」(255)

(これは、キリスト教の存在意味そのものではなかったのか。キリスト教は脱出の共同体として希望の種を播き続けてこなかったのか。)

いま、市民科学者として

「科学技術とキリスト教」というテーマは、科学技術の側からキリスト教へというルートを、このような仕方で描くことによって、意味あるものとなるのである。


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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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