科学技術とキリスト教(2c)

 今回紹介は、『現代哲学の冒険』(岩波書店)の11巻目にあたる次の文献です。

『技術と遊び』
岩波書店、1990年。


機械幻想論(西垣通)
模造のことば ことばの欲望──プラハ ゴーレム 物語(檜山哲彦)
[イメージの図書館]世界〈視覚化〉技術の変貌(伊藤俊治)
ロボット心理学(信原幸弘)
科学と〈ファジィ〉(菅野道夫)
遠近法の虚構と真実(佐藤康邦)
日常性の快楽(新島龍美)

なお、各論考の最後には「読書案内」が掲載されている。

 これまで紹介の文献に比べ、この文献の特徴は、技術を美・芸術・快楽という問題との関わりで捉える視点にある(ここに、岩波書店における「思想シリーズ」企画の新しい試みを見ることができる。この企画は成功したのだろうか)。現代、技術・科学技術は様々な問題連関にあって問われねばならないが(その一つが、本ブログでこの問題を扱う際の問題設定、つまり「科学技術とキリスト教」という問題連関である。これから少しずつ説明を行うが)、美・芸術・快楽・欲望は、技術を論じる上で本来基本的なものであり、また現代、ますますそうのようになっている。これは、「人間に優しい技術」といった表現にも端的に表れている。Arsとは、技術も芸術、学芸も包括する「術・熟練」を意味していたのである。
 アダムがエデンの園で行った「耕す」はいかなるarsであり、堕罪後の「顔に汗を流してパンを得る」arsとの間に何が生じたのか。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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