波多野の思想史研究(1)

 前回のブログでは、波多野における思想史研究の意義を論じたが、今回以降、『西洋宗教思想史(希臘の巻)』の内容をやや詳し目に取り上げてみたい。今回は、その導入である。


<『西洋宗教思想史(希臘の巻)』の目次>

希臘の巻
第一章 ホメロス
第二章 ヘシオドス
第三章 抒情詩人
第四章 オルフィク教徒
第五章 ミレトス学徒
第六章 クセノファネス
第七章 ピュタゴラス及びピュタゴラスの徒
第八章 ヘラクレイトス
第九章 パルメニデスよりアナクサゴラスまで
第十章 アテナイの文化
第十一章 悲劇詩人
第十二章 ソフィスト

 内容は、ホメロスからソフィストまで、つまりソクラテス以前の古代ギリシャ宗教思想(神話、詩、哲学)を扱っており、分量的には、『波多野精一全集 第三巻』に共に収められている『宗教哲学序論』と同じ程度のものである。『西洋哲学史要』よりはコンパクトであるが、「ソクラテス以前」についてということであれば、決して小さくはない。

 『西洋哲学史要』が、哲学者の思想を時代区分に整理しつつ順番に解説し、典型的な教科書という体裁(この教科書的体裁のもとで波多野独自の哲学史理解がすでに見られるわけではあるが、全体として、現在でも哲学史入門のために十分読むに値する「教科書」と言ってもよいであろう)をとっているのに対して、『西洋宗教思想史(希臘の巻)』は、この間20年の思想史研究の深化を確認することができる。

 目次を見れば、ソクラテス以前のギリシャ宗教思想といった内容であるが、波多野は、その個々の思想家の内容を「教科書的」に並べているだけではなく、そこには、思想史研究がどのような仕方で行われるべきかについての波多野の思索の深まりが確認できる。以下、いくつかのポイントを指摘しておきたい。

・文献学的テキスト分析の深まり
 これは、現在の思想史研究で言えば当然の姿勢であるが、波多野の時代にこうした姿勢を実際に研究レベルで実現したという点に波多野のギリシャ思想研究の意義がある。当然波多野は、H. Dielsの業績(ディールス/クランツの著作断片集)に依拠しているが、個々の思想家のテキストをめぐる文献学的な研究状況をかなり緻密の追跡しつつ議論を行っている(翻訳によるおおざっぱな論考とはレベルが違う)。文献学的研究にもとづく原典テキストの批判的な読解という方法論は、ミレトス学派やヘラクレイトス、また特にソフィストの議論などにはっきりと反映されている。その後の研究において多くの点について乗り越えられ、すでに常識化しているとは言え、この波多野の思想史研究の先駆的な意味は正当な評価があってしかるべきであろう。

・テキストとコンテキスト
 思想史研究は、現在、大きな転換を示している(拙論「思想史研究の諸問題──近代日本のキリスト教思想研究から」、現代キリスト教思想研究会『アジア・キリスト教・多元性』第10号、2012年3月、pp.1-18、を参照)。こうした思想史研究の方法論をめぐる議論から振り返って見るとき、波多野の思想史研究は、テキストや思想家を、いわゆる影響関係や問題連関で順番に配列し、観念の継承・変遷を跡づけるといったタイプの研究(観念史)から、コンテクストにおけるテクスト解釈という方向への展開を示していることがわかる。
 まず第一のコンテクストは、歴史的コンテクストである。ペルシャ戦争前後のギリシャの歴史的状況が思想家の運命にいかに関わり、思想展開を要求することになったのかについて、波多野は繰り返しポイントをおさえた指摘を行っている。思想史は時代状況という文脈といかに関わるのかという論点は、明確に意識されている。
 第二のコンテクストは、思想家によって共有された問題・課題(その背景に時代状況がある)であり、個々の思想家はこうした共有された問い(ティリッヒはこれを「状況」を名づけた)において思索を行ったことがはっきりと示されている。共有された問いをめぐる諸思想家の比較という方法・視点は、『西洋哲学史要』にすでに見られるものではあるが、『西洋宗教思想史(希臘の巻)』においてはさらに洗練された仕方で提示されている。

 では、次回以降、順次、波多野のギリシャ宗教思想史研究を辿ることにしたい。
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