波多野の思想史研究(2)

 今回は、『西洋宗教思想史(希臘の巻)』の冒頭の「序」と「希臘の巻」を検討しよう。「序」も「希臘の巻」もきわめて短い文章であり、必ずしも論じるべき内容が多く存在するというわけではない。

1.「序」
 この序は、「西洋宗教思想史」という研究構想全体の序であり、その構想が次のように説明されている。

「本書は、ホメロスの昔より現今に至るまでの、欧羅巴の宗教思想の歴史的発展を叙述するを目的とする」、「幸いに希臘の巻を完成し得た後、更に進んで基督教の地盤に於ける思想史の考察に移り得ることは、著者の心からの願いである。」(3)

 しかし、波多野は当初のこの構想を完成することなく、しかも、「希臘の巻」についても、「ソクラテスよりプロティノスに至るまでの、宗教思想にとっては一層重要なる興味深い時代」についても著作を公にすることはなかった。その意味で、この宗教史研究構想はその最初の段階で挫折したと言うべきかもしれない。その挫折の理由としては、いくつかの点が指摘できるであろう。
 まず、その後の波多野の学的営みが、宗教哲学体系構想に集中することになり、宗教思想史を公にするだけの余裕がなかったことが挙げられる。同時に、宗教思想史の構想が、仕事の片手間で行いうるようなものではなく、本格的な研究を必要とすることが「希臘の巻」を執筆する過程で痛切に意識されるようになったことも、構想がその初期段階で中断したことの理由の一つだったのではないであろうか。
 刊行された「希臘の巻」と同じ水準と集中度においてその後の「ソクラテスよりプロティノス」を執筆したとすれば、その分量がきわめて膨大なものになったであろうし、この水準を維持しうるだけの研究を行うことは一人の研究者ではきわめて困難な作業になったであろう。波多野は、この序で「著者は、元来不得意とする、詩人達い関しても、根本材料との接触を保ちつつ研究を努めた」(3)と述べられているが、波多野の得意とするはずの「ソクラテス以降の哲学」について、根本材料との接触を保ちつつ、「すでに人の教え又語った所」(=先行研究)をふまえた議論を展開することをめざしたとすれば、それは、どのようなことになったであろうか。波多野が日本の学的世界に導入した思想史研究は、その後の研究の発展が示すように、それを一人の研究者がカバーすることは困難であることを明らかにした。しかし、波多野の宗教思想史構想は、こうした困難な作業を一人で遂行するものとならざるを得なかったのである(波多野は日本の思想史研究の多くの研究領域において先駆者としての位置を占めている)。

2.「希臘の巻」
 これは、「希臘の巻」の序に相当する。ここで、波多野は、希臘宗教思想史が「ギリシア人の宗教其もの」ではなく、つまり、ギリシア宗教史(ギリシア民族の宗教史、民族的宗教の歴史)でなく、思想を提示した「民衆を超越した個人の業績」を扱う点を論じる。波多野において思想史とは何であるのかの思索はすでに自覚的に始まられている。

 問題は、この意味での宗教思想史として扱うべき素材がどれほど存在するかであるが、この点について波多野は、「遺憾」なことに、ギリシアにおいて、「真に宗教家乃至宗教思想家と名づけ得る者」は「比較的少いこと」(5)、「印度やイスラエルなどの歴史を顧る時」、ギリシアにおいては、「宗教に於ける偉大なる天才の欠乏」が指摘されねばならないことを論じる。つまり、ギリシア思想において宗教は周辺的なテーマであり、その長所ではなかったというのが、波多野の見解なのである。しかし、それにもかかわらず、波多野が一冊の著作において、ソクラテス以前の宗教思想史を著述し得たことをどのように考えるべきであろうか。
 波多野は、ギリシア人は「宗教其者」の議論においては他の見劣りがするものの、「宗教に関連する諸問題──人生の意義、世界の本質の諸問題」(7)の論究思索においては他の文化圏に十分に匹敵しうると考える。この「宗教其者」と「宗教に関連する諸問題」との関係を波多野がどのように考えていたのかが、先の問題を考える手がかりになるであろう。つまり、宗教思想的に見るべきものがあまりない対象について多くの宗教思想に関わる事柄を論じ得たということは、波多野の宗教理解の解明においてはじめて納得のいく回答に到達するのではないだろうか。波多野にとって宗教とは何か。この問いはこの『西洋宗教思想史(希臘の巻)』の全体を読み通してなおも残る疑問である。波多野の宗教概念は意外なほど複雑は構造を有している。単純化して言えば、一方に、宗教現象の多様性を認識し宗教の諸類型を論じる宗教学者波多野が存在し、他方には人格主義を理想とする宗教哲学者波多野が存在する。ここから、宗教概念が二重化するという事態が生じていると言うだろうか。波多野は、「希臘の巻」で、ギリシア宗教には宗教思想として見るべきものが少ないと述べつつも、そこから一つの宗教思想史の展開を跡づけようとしているのであって、以下の各章の読解から確認され得るのは、この点についてなのである。
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