キリスト教と翻訳の問題(1)

 キリスト教は翻訳の宗教である。それは正典である聖書について考えればきわめて明瞭な事実である。キリスト教は書物の宗教であると共に、翻訳の宗教である。
 初期キリスト教(後1世紀)の「キリスト教」にとって、ヘブライ語聖書のギリシア語訳(70人訳聖書)がもっている位置づけを考えれば(この点については、京都大学キリスト教学専修の先輩である秦剛平氏の一連の膨大な研究をご覧いただきたい)、またヒエルニムスによるラテン語訳聖書(ウルガタ)が中世カトリックからローマ・カトリック教会にいたるまで占めていた位置を考えれば、翻訳聖書、聖書翻訳が、キリスト教の存立の核心に属してきたことは容易に想像できる。キリスト教において聖書原典が重要な位置を占めることは言うまでもないが、それは、近代以降の文献学の発展による批判的な原典テキストの校訂作業の成果であって、生きられた宗教としてのキリスト教にとって、中心は翻訳された聖書にあるのである(原典がなければ翻訳は存在しないのは当然である。しかし、神学的には、原典も翻訳も、神の言葉と人間の言葉の二重性において規定された存在であり、原典だけが神の言葉としての優位性を独占しているわけではない)。

 そこで、今回より何回かにわたって、キリスト教と翻訳の問題を、聖書翻訳を中心にその問題の射程について本ブログで取り上げることにしたい。

 まず、最近の聖書翻訳についての大きな話題の一つは、英訳聖書として長年権威を保ってきた、欽定訳聖書が昨年翻訳400周年を迎えたことであろう。文学をはじめ、英語圏の文化がこの欽定訳聖書の大きな影響下にあることは、次のマクグラスが述べるとおりである。

 The two greatest influences on the shaping of the English language are the works of William Shakespeare and the English translation of the Bible that appeared in 1611. The King James Bible --- named for the British king who ordered the production of a fresh translation in 1604 --- is both a religious and literary classic. Literary scholars have heaped praise upon it. ....
 The King James Bible was a landmark in the history of the English language, and an inspiration to poets, dramatists, artists, and politician. The influence of this work has been incalculable. ... (1)

 これは、マクグラスの次の文献からの引用であるが、この欽定訳聖書400周年に関わる文献はわたくしの手元にあるものでも、次のようなものが存在する。

Alister McGrath,
In the Beginning. The Story of the King James Bible and How It Changed a Nation, a Language, and a Culture,
Anchor Books, 2001.

Hannibal Hamlin and Norman W. Jones,
The King James Bible after 400 Years. Literary, Linguistic, and Cultural Influences,
Cambridge University Press, 2010.

David Crystal,
Begat. The King James Bible & the English Language,
Oxford University Press, 2010.

 翻訳という視点からキリスト教を見ることは、キリスト教の核心に関わる、しかもその多様性を視野に入れた研究(共同研究)を可能にするのではないか。これが、わたくしがここのしばらくの間、考えきたことである。

 欽定訳聖書に限った研究ではないが、日本における最近まとめられた研究として(「初出一覧」「あとげき」によれば、長年の研究成果であることがわかる)、次のものが手元にある。

清水護
『英訳聖書の語学・文学・文化的研究』
学術出版社、2007年。

 また、寺澤芳雄編『名句で読む英語聖書 聖書と英語文化』(研究社、2010年)といった文献の出版からもわかるように、英語文化と聖書との関わりというテーマは、キリスト教研究を超えたより大きな広がりを有していることは明らかであり、ここに日本におけるキリスト教の影響の一端を見ることもできるであろう。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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