波多野の思想史研究(6)

 今回は、古代ギリシア宗教思想において、きわめて興味深いテーマである、ディオニュソスの宗教、オルフェウス教が取り上げられます。思想のポイントは、一神教的宗教傾向、二元論的人間理解、そして霊魂の不死性です。波多野のこの文献以降の新しい研究の展開を加えた考察が望まれます。京都大学での演習ではこの観点も加えた議論が行われました。

「第四章 オルフィク教徒 Orphics; Orphiker」

死後の存続(民間に行われた死者崇拝の前提)と不死即ち永遠の生との間には「なお大きな隔りがある。この隔りが除かれるためには人間──彼の真の我である霊魂、は本質において神的実在であり、神と同類であり、神の世界に属するものである、ということが承認されねばならぬ。ここにはじめて厳格の意味においての霊魂不死の思想は成立する」(41)

 この霊魂不死の思想がいつどのようにして成立したのかという問題。これは、波多野が注目する宗教思想の中心問題である。
この問題に対して、波多野は、「トラキアの地方より伝来」「一種の奇異なる宗教」「ディオニュソスの宗教」から議論を始める。

「ディオニュソス」、「神との合一という特殊の宗教的体験」が「ディオニュソスの宗教に基礎」、「ディオニュソスの崇拝」は「著しく狂熱性野蛮性を帯びていた」(42)
「エクスタシス」「彼らは死ぬべきものの形態を保ちつつ、しかも神の永遠の生に与り、たといしばしの間なりとも其の無上の福いを味わい得た」(43)

「ディオニュソスの宗教はギリシアに伝わる」「国家的宗教のうちにさえ取り入れられた」、「浄化され美化されねがら、しかも生の偽りなき感激の一原動力として、ギリシア文化に拭い去り難き印象を留めた」、「ドラマ(劇)がディオニュソスの祭典における神事より発展したこと」(43)

「厳密の意味の霊魂不死の思想は全くディオニュソス崇拝における神秘的体験の賜物」「エクスタシスの状態において神との合一を体験した者において、霊魂は本性上神的実在であり、従って身体を全く離れ去ると同時に永遠に其の本質に適いたる神的生活を続くべきである、という信念の発生」、「身体とは根本的に異なるもの」「それと相容れぬもの」「その正反対なるもの」、「これらこそオルフィク教の基礎をなした根本思想である」(44)

「オルフィク教はディオニュソスの崇拝を中心として、国教以外に其の独立に起こった一宗教運動である」「多分紀元前七世紀」、「其の起源や発展については」「推測に満足せねばならぬ」(45)、「新装の帰化神」「狂熱的崇拝」「独立なる宗教団体」、「オルフィク教徒の名のもとに相集い、国教とは異なった仕方にてディオニュソスの狂熱的崇拝を受け入れ同化した希臘人たち」(45)

オルフィク教の特徴
1.「最大の特色は一定の教えを有したこと」(45)  
   cf. 「国教」「諸種の宗教団体」: 祭典儀礼を生命となし、これと連関して信仰及び    神話を有した
「一定の切れに加わる以上一定の教義を信奉するを意味した」、「個人の自由なる決断に訴える」、「欧羅巴において個人そのものに訴える最初の宗教であったこと」(46)

2.「数多の書を著した」「韻文」(46)

3.諸思想
・神統記
「神統記の方面における彼らの教えを述べたもの」「ディオニュソスの神界における位置を明らかにせんとする動機」「半哲学的要求の産物」
・一神教的傾向
「一元論的乃至汎神論的傾向が著しかった」(47)、「世界の実体として、万物を産出し、万物を支配する唯一実在の思想、イオニア哲学のこの中心思想、がほとんどそれ以上望みがたい強さと明るさとをもって言い表され居る」(48)
・人間論
ゼウスは「わが愛児の身体を呑んだティタンらを電光をもって焼く。其の灰よりして人間は生ずる。其の起源に応じて人間は神より出ずる善の要素と、ティタンより出ずる悪の要素より成立つ」(48)、人間は「ティタン的要素の桎梏より脱し、自由となり」「純粋なる完全なる神的生活を実現せねばならぬ」(49)
・霊魂不滅
「オルフィク教の中心教義」「霊魂説」
「身体は霊魂を捕らえ居る牢獄」「其の生を葬る墓」
「死によってすでに解脱(lusis)が達せ得られると思ったならば、甚だしき誤解である。霊魂のこの世に降り来たったは、生まれぬ前に犯した罪を償わんためである」(49)
「霊魂の長き煩わしき旅」(49)、「運命の車輪」「必然の環」「生成の環」、「何人もこの必然の運命を免れ得ない」、「後にストア哲学の特異の教えとなった、「万物の復帰」」は「ピュタゴラス派に関しては確実に証拠立てられるが、オルフィク派においてもすでに、少なくとも或形或態度において存在したらしい」(50)
人間は自分の力では「身体の束縛」を脱し得ない、「この救済をもたしたものはオルフェウスである」、しかしながら「如何なる儀礼もなお救済には不十分である。信徒は全生涯に亙って生活そのものを清浄に保たねばならぬ」、「禁欲主義」(50)
「日常の生活の内容にまで立ち入って、宗教が一般生活と異なった特殊の規定を、明らかなる自覚をもって要求するということは、欧羅巴においてこの派においてはじめて起こったことである」(51)
「其の影響」「プラトンとダンテ」
「すかしながらハデスにおける幸いも不幸も霊魂の終極の運命ではない」(51)
「霊魂は本性上不死である。罪人もまた滅びることはない」、「清浄となった者は」「死はもはや彼を襲う憂い無く、彼は神の如く否神として、永遠に其の本質に適った尽きぬ福いの生涯を送る」「清浄の思想」(52)
  ↓
「超越的世界の実在性、人間の真我の神性及び永遠性、地上の生活を超えての賞罰従って責任──これらは、オルフィク教徒のもたらした新思想である」(52-53)
「プラトンの人世観の重要な一面」(53)
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