波多野の思想史研究(11)

「第九章 パルメニデスよりアナクサゴラスまで」

 前回のヘラクレイトスと対比されるのが、今回のパルメニデス。もちろん、波多野はパルメニデスにも一定の議論を行っているが、ヘラクレイトスと比べれば、議論はやや限定的であり、むしろ本章では、アナクサゴラスへの論究が特徴的とも言える。

1.時代状況、近代との類比・比較
・パルメニデス以後の初期即ちヘレニズム次第の哲学者、「第六世紀の終より第五世紀の後半までの間に現れた思想家たち」は、以前の人々に比べて、「宗教思想との関係一層疎である」(100)。宗教家としても活動したエンペドクレスにおいても、「彼のこの方面の事業と彼の哲学との間には何らの思想的必然的連絡もなかった」、「諸活動は単に人格的統一、同一の精神、によって結合されたに過ぎなかったのである」(101)。
(これはどのように解すべきか。人格的統合とはいかに論じるべきか)
・波多野はエンペドクレスとベーコンとを比較している。「万能の知識の所有者という自覚」に基づく「強き自信乃至自負」。「抒情詩の勃興にはじまった新しい時代が、いかに近世のルネッサンス時代と共通の特徴を有するか」。「エンペドクレスの如きも新しく文化の勃興に際して現れがちになる奇人たちの一人」、パラケルススやファウストの精神的縁者。
(思想史は時代状況との関連でいかに論じるべきか。思想史自体の問題の再検討が必要になる。波多野は、自らの時代をこの新しき時代にどれほど重ねているのか。)
 「間接に宗教思想の歴史に浅からぬ関係を保ったのはパルメニデスとアナクサゴラス」(102)

2.パルメニデス、ヘラクレイトスとの対比
・「成」のみを認め「有」を退けたヘラクレイトスに対して、「成」を否定しつつ「有」を主張したパルメニデスという「通常」の見解。この解釈は、ヘラクレイトス理解について、「事実を忠実に伝えたものとは見なしがたい」(102)。ヘラクレイトスも、永遠に「ある」ものを認め、調和と一者を説いた。
「両者の相違は」「単に一者を認めるか、あるいは一者に合わせて生成変化をも認めるか」「実体とともに現象をも認めるか、に存した」(102-103)。
・ヘラクレイトスの「反対するものの合一」という根本原理に対して、「パルメニデスはこの点においてヘラクレイトスと相別れ」。「非凡なる飽くまでも論理的帰結を追求して止まぬ彼の思索の力」

3.パルメニデスの思想内容
・根本原理:「思惟されるものと存在するものとは同一であるという思想」。「思惟には対象がなければならず。それは存在者(to eon)以外には」ない。したがって、「存在者」のみ存在し「」非存在」は存在せず。(103)
すべての含意及び帰結を導き出した。
「存在者は生ずることも滅ぶることもなく」「始も終も過去も未来もなく」「永遠の「今」において常住する」、「少しの非存在者も容れず又交えず」、「充実したる純一者には何らの欠乏もあり得ない」、「無限は欠乏を意味する」「存在者は限界を有せねばならぬ」、ふさわしき形は「球」(104)
  ↓
「純粋の思惟によって認識されるこの純一なる存在者のみ、真にあるもの」、感覚的な「多と差別と運動と変化とのある世界は」「迷誤」。
・哲学書の後半で、光明と暗黒との相対立する二個の実在より、「世界の万象の説明を試みた」。「仮に自ら俗見の立場に身を置いて考え出した仮説的の自然哲学とみるべきか」(104)、しかし、「純一なる存在者以外のものを全全否定し去った」ことは疑いない。
・宗教思想としては、「永遠なる存在者という概念を明瞭に言い表した点において」、後お宗教形而上学、神に関する思索に大きな影響を及ぼした。また、「凡ての差別と変化とを大胆に否定する無世界論」に陥ってまでも、「純一なる実体という思想」を徹底的に貫徹したのは、「神の観念の哲学的議論」に対して「模範的意義」を有する(105)。
・無世界論。「ミレトス派の一元論実体の思想の論理的帰結」、しかし、世界を説明することを断念するのでないとすれば、「実体概念の内容はかかる説明を可能ならしめるように改修されねばならぬ」、この任務を成し遂げるのは、「パルメニデスに続いて現れた、エンペドクレス、アナクサゴラス、及び元子論者である」(105)。

4.問題:  
1)パルメニデスの存在者:生成しない性質的に変化しない、永遠の実体
2)経験的現実の最も著しき特徴は「多」と「生」

・多数の実体性は承認されねばならない
 /生は実体の内的性質とは比較的没交渉なる、「場所の変化即ち運動の形において、肯  定せねばならぬ
性質なるものは分量なるものに還元されねばならぬ。
  ↓
・近世自然科学の基礎的思想がすでに明瞭に肯定されている。
 (機械論的世界観!)
 
5.自然哲学の展開と宗教的意味
・パルメニデス

・エンペドクレス
互いに性質を異にする四個の実体、元素
混合と分離(106)、無際限なる性質的差別を分量的差別に還元。

・アナクサゴラス
元素は数限りない。性質的変化は元素の混合と分離に還元。
変化は多種多様、凡てのものは凡てのものに変じうる。一切の事物は等しくみな無数なる元素の混合。すべての変化は運動、凡ての差別は分量上のそれ。エンペドクレスの徹底化。

・元子論者たち(107)
・「これまで論じ来たった思想家たちの哲学的世界観は元来宗教とは全然牧交渉」、「一種の形而上学説」「唯物論」。
しかし、「宗教には超越的傾向が欠くべからざる本質的特徴」であり、「現実的世界を絶対化するかくの如き世界観は、宗教の破滅を意味せぬを得ない」(108)
(波多野は唯物論と宗教との関わりを原理的論理的対立と理解していたのか。元来没交渉というラインは生かしうるか)

6.エンペドクレスとアナクサゴラスの宗教的意義
・元素の運動には、「力の存在」が必要。
・エンペドクレス:運動の原因としての愛と憎、「それらに神性を与えている」、しかし「詩的神話的人格化以上多くを意味しなかったらしい」
・アナクサゴラス:運動の原因としての「ヌウス(nous)」を説いた(109)。
天体の運動は「ヌウスが与えた渦状の原始的運動の継続」「混沌なるカオスより差別と運動と又差別と運動とを又秩序とあるコスモスを発生するのは」「ヌウスの作用」(110)

「ヌウス」:「一切の事物を知る」「支配」。「無上の力と完全なる知識」「全知全能」
したがって、「独立なる、己のみによる存在を保たねばならぬ」(110)
(自存性!)
しかし、「一切事物のうち最も細微なるもの又最も最も純粋なるもの」、アナクサゴラスは「非物質的なるものとは考えなかった」、「むしろ物的存在者であることは疑いもない」(111)
  ↓
「精神(ヌウス)が通常物体と呼ばれるものとは明確に区別せられること、物体とは全く異なる性質と作用とを有すること」、「世界と其の運動及び秩序とより出発し、それらのものの原因として、全知全能なる精神的存在者を説いた」、「独立自存、純粋、限なき知及び力」などは「経験的世界を超越しそれと根本的に性質を異にする一層高き実在の定率を指示する」(111)           

7.再度近世との比較
・近世の理神論風の宗教哲学、「ニュートンや批判前時代のカントなどの信じた神は、根底においては、アナクサゴラスのヌウスにほかならなかったのである。アナクサゴラスは理神教的神論の父で或といっても決して過言ではない」
・現実的世界の説明を要求する理論的意識の産物。
 ヌウスを説きながら、「その働きを単に世界の始めにのみ限り、従って世界をない得る限りその内在的法則によって説明」しようとしたアナクサゴラスの態度は、「プラトンとアリストテレスが彼の重大なる欠点として指摘したところのもの」であるが、「理論的見地からは」、「むしろ長所として承認すべきであろう」(112)。
(アナクサゴラスとプラトン・アリストテレスの関係は、理神論とカント批判哲学の関係に対応するものと言えるか。)
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