波多野の思想史研究(12)

「第十章 アテナイの文化」

 古代ギリシアの宗教思想は、神話時代からミレトスの自然哲学へ、そしていよいよアテナイへ展開する。おそらく波多野は、これまで論じてきた諸思想の中で準備された宗教思想が開花するアテナイの哲学思想へと考察を進め、プラトン、アリストテレスを中心に本格的な議論を展開する構想を練っていたものと思われる(その内容については、著作の形で残されておらず、われわれは残念ながらそれを知ることはできない)。これが、「アテナイの文化」について、短いながらも、一つの章をさいた理由であろう。
 議論の中心は、アテナイ文化における新しい哲学の展開、その歴史的背景、そして詩人から哲学への移行である。

1.新しい哲学の展開
 先行する時代の哲学が「人生問題に対して比較的冷淡無関心であった」(113)のに対して、アテナイは、まず政治次いで一般文化においてギリシアの中心となり、哲学の文化的政治的位置における一大変革が行われた。波多野は次の2点を指摘する。
・「人生問題」が哲学的考察の対象となった。人事に関する論究が、自然哲学の問題と同等の地位を獲得する。
・精神的文化的生活一般における哲学のしめる位置が動いた。(114)
 「今や哲学者たちは、人生の意義と目的を解明し、理想を建設し、価値を創造するを、わが任務として自覚するに至り」、「国民の精神的教導者であるという特権は詩人たちよりして彼らの手に移った」(114)=「哲学のこの新意義」、「純然たるアテナイの特産物」
「哲学を天より地に」もらたしたのは「ソクラテス」(114)
(波多野は、この点では、プラトンやアリストテレス以上にソクラテスの意義を強調する。)

2.歴史的背景
・ペルシア戦争で全ヘラスの自由を救ったアテナイ→ギリシアの中心としてのアテナイ

「歴史に類い希なる、多面的なる、豊富なる、充実したる、その文化を産出した」、「一市民の教養さえ今日においてもとうてい望みがたきほどの高さ」
「ペリクレス」がアテナイを「ヘラスの教育場と呼んだこと」
・「この文化を支え活かし統一したものは国家の観念」
個人の自由なる多方面の活動は「大体において国家においてのもの」「国家のためのもの」「公的生活を離れた私的生活の価値は原則として認められなかった」(115)
(公共性=政治、私的経済からの区別という図式は、その後の世代、たとえばアーレントが強調するポイント。波多野はそれを支えた奴隷制についてどのように考えたのであろうか。)
パンテノンを飾った芸術作品も三大詩人の傑作も「国家的産物」
・「父祖伝来の宗教」(116)の尊重。当時のアテナイの不朽の芸術的作品は「神への献げ物」(115)
教養的な市民は同時に「敬神の念厚き市民」(116)

3.詩人から哲学へ
・個人の自覚と反省が一層強く鮮やかになる。
   ↓
・この尊敬に堪えない文化状態の破綻、伝承的宗教の地盤に築かれた凡ての文化とその地盤の動揺。
「宗教問題の議論はついに父祖伝来の宗教の無能力の証明となり、延いて国民の精神的指導者の失脚となり、かくて詩人の時代は去って哲学者の時代は来たった。」(116)
(この命題は波多野の中心的主張であるが、では詩人の営みとしての文学はいかなる文化的位置へと移行することになったのか。知者としての哲学者の登場は、ペルシア帝国に関わった広範な地域に見られる動向と言えないか。ヘブライとの平行関係は?)
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