波多野の思想史研究(最終回)

「第十二章 ソフィスト」
 第十一章についてはすでに本ブログで扱っているので(10/7upの「波多野精一演習より、神義論など」で)、この第十二章で古代ギリシア宗教思想史は最後となる。本来は、ここからがいよいよおもしろくなるはずではあるが、残念ながら、ソフィストでこの思想史は最後となる。

 この波多野の文献については、京都大学キリスト教学専修の2012年度の前半の演習で扱ったことがすでに説明されていた思うが、演習は担当者がレジュメで内容を説明し、議論すべき論点や、より最近のギリシア思想研究と比較する形で進められた。このソフィストの章についても、担当者は納富信留のソフィスト論を参照しつつ発表を行ってくれた。
ソフィストについては、波多野以降、さまざまな研究がなされきたわけであり、波多野の弟子である田中美知太郎の研究や、今指摘した納富のものを挙げることができる。
・田中美知太郎『ソフィスト』講談社学術文庫、1976年(1941年)。
・納富信留『ソフィストとは誰か?』人文書院、2006年。

 三人のソフィスト論に共通するのは、通俗的なソフィスト理解(「古来の謬見」(144))をただすという問題意識に認められる。波多野の『西洋宗教思想史(希臘の巻)』1921年から、20年後の田中の研究、さらに50年後の納富の研究に至るまで、繰り返し「謬見」をただす必要があったということは、思想史研究の成果が十分に認知されるまでに必要な年月を意味しており、考えさせられる問題である。

 では、内容の紹介に移りたい。
0.波多野の問題意識
 ソフィストは「宗教思想の発展には、ほとんど何ら語るにたる貢献をなさなかった」(143)が、波多野は、ソクラテスとの対比・関わりという点で、「彼らを閑却し難き充分の理由を発見する」(143)と述べている。
(ソフィストとソクラテスとの問題状況の共有と思想の目指すところの相違。)
 波多野は、「詭弁や揚げ足取りを仕事とした軽薄不真面目な徒、学問や道徳の基礎の破壊を企てた危険人物」とする「古来の謬見」が、ブロート(George Grote)の名著(A History of Greece, 1869. http://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/metabook?id=grotegreece)によって一掃されたと指摘している。グロートは波多野がしばしば参照する研究者の一人である。
 波多野は、「自らソフィストと称しつつ希臘文化史上重要なる意義ある一事業を開始した」(144)人物であるプロタゴラスに注目する。

1.ソフィストはいかなる思想家か
・「ソフィストの事業」「ペルシア戦争以来」発展した国民の文化生活の新気運に応ずる「新しき教育」に存した(144)。
 「自由なる国家の自由なる市民」の「新しい教養」、「よき市民」=「市民としての能」「徳を備えた人」、それは、主としていわゆる「政治上の能力」、「弁論によって決した民主生活の特質に従って」「修辞能弁の術を意味した」。
 「青年の教育者」「実用的学芸の教授を業とする実際家」(145)、「純なる学問の研究に身を委ねる学者ではなかった」、また「一定の学説」「一定の主義」を説く哲学者の団体・学派とかでもなかった。
 もちろん、「共通なる思想の傾向」を確認することはできる。
「第一の関心」は「それの対他的価値、それが実際正確に役立つや否や」、「内容に無関心なる形式的学芸」(146)、「普遍的なる思想意見などを期待する如きはほとんど愚の極」、「内容の価値その真理性如何よりも、人を説き伏せること従って巧みに美しく有効に論ずること、に全力を注ぐ」

理想主義ではなく、「普遍妥当的なる価値を否定する相対主義」を前提とするもの(147)

2.二個のかなり広く見られる「誤解」に対して。
 彼らの相対主義を学問的真理に対する絶望の声と解する/懐疑主義よりして学問的認識に対して破壊的態度をとり、弁論の相手を屈服される争論術(147)を発明教授した
   ↓
 「彼らの気分は悲観的よりもむしろ楽観的、彼らの態度は否定的退嬰的よりはむしろ肯定的進取的」(148)
 争論術は「実はソクラテス門下に発生」「プロタゴラスではなくむしろソクラテスこそ、この意味において「詭弁」の源」「ソクラテス自らは破壊的問答法を相手の道徳的意識の覚醒の手段に用いたが、彼の門下」は「破壊という意義をそれに付加」した(148)。
「ソフィストの術が己の説を貫かんとする積極的な意義を有していたに反して、ソクラテス門下の争論術は他人の説の破壊を目的とする消極的の術であった」「キニク派乃至メガラ派の学徒」(149)
 ソフィストの著作が断片を除いて失われたことによって(149)、彼らの説・思想に対して正確な判断を行うことは困難である。
「古代においては」「他人の文章を、前後の関係に全く無頓着に、場合によっては原著者の趣意に反する意味に、引用又は解釈するはありがち」、「最大の責任を負うべきものは実はプラトン」(150)
(キリスト教古代の異端思想の正確な理解が困難な理由も同じ。このことをここで波多野は意識していただろうか。)
「後の著書において彼がソフィストと呼んだ人々は実は歴史的のソフィストではなく、又彼がソフィストの説として攻撃したものは実は彼と同時代の人々、殊にソクラテス門下の懐疑論者たちの説であった」、「彼らを国家的社会的生活の基礎を破壊する極端なる個人主義の主唱者となす、普通の見解が誤解と認むべきことである」、ゴルギアス、カリクレス(151)
 「不定や破壊」はソフィストと言われた実際家にとって「あまりにも偏屈なあまりに囚われ過ぎた、同時にあまりにまじめなあまりにも冒険的な事柄」、「最も安全な道は、主義や思想の問題を提出するを要せぬ境地に逃れ入ること、従って外的に与えられたる何らかの権威に問わずして従うことであろう」、「相対主義者が実際問題に移ると共に、他律主義の態度に出で、法律習俗伝承身命本能そのほかの外的権威の承認に甘んじたこと」(152)
(相対主義と他律主義との関わり、なるほど。)
 カリクレスはソフィストの一人ではなく、「彼らをやくざ者と軽蔑した一政治家であった」(152)、トラシュマコスは「ソフィストであったが」、プラトンの著作からこの名のソフィストの主張を知ろうとするのは「全く徒労」、「彼が国家に関する一定の思想を主張乃至宣伝したるはすこぶる疑わしい」
 ソフィストの倫理及び教訓として保存されたものも、「内容的には、道徳や社会生活の基礎を覆すが如き危険思想は言うまでもなく、斬新と呼びうるものにさえ出会わないのである」(153)、「彼らの教訓のあまりに穏健であり、時としてあまりにも平分であるに驚かされる」。 
 
3.ゴルギアスたち
・普通の伝統的な哲学史的解釈。
ゴルギアス:極端なる懐疑論、一切の「ある」を否定する虚無主義を主張した。確かに、「三箇条の奇論をはいたのは事実と認むべきであろう」、「エレアはの思想家たち」に対する依存関係、と同時に「一種の対抗的態度を示す」(155)。エレア派の議論を更に極端まで追求(155)。
・ヴィンデルバントの慧眼。「ゴルギアスはまじめなる所信としてかの議論を述べたかは甚だ疑わしい」、「同じ乃至近き時代の思想界には、ゴルギアスの論が何らの反響をも呼び起こさなかったという事実は、特に雄弁に反対の真理を語るものではなかろうか」(156)
(波多野の文献学的なテキスト評価は、厳密あるいは厳しい。批判的懐疑的にテキストを吟味している。これは近代聖書学的なテキストへの態度に通じないか?)
  ↓
「それがまじめな哲学的議論ではなかったことの有力な証拠ではなかろうか」
「婦田とんとアリストテレスとの知っていたゴルギアスは能弁術の大家、ギリシアの散文に深き影響を及ぼした卓れた美文家の彼であった」(157)。
「奇論を吐き得たことは、彼の術の最大成功として彼に無情の満足を与えたのではあるかいか。もしこの解釈が正しいならば、この作も」「一個の劇作」に過ぎなかったのである。
ヒビアス、プロディコス。ソフィストたちは「実用を主眼とした教育家」「理論的諸学芸においては真理を求むる誠意を欠き、実際問題に関しても独立乃至独創の意見や所見を吐露する熱心を示さなかった」(158)。
   ↓
「ただひとりの例外はプロタゴラス」(158)

4.プロタゴラス
・「アレテイア」と名づけられた書(158)の冒頭の有名な一句。
「人こそ万事の標準なれ」(159)
・第一の問題:この人は「種族的(普遍的)に解すべきか、個体的に解すべきか」
   ↓
「テアイテトス」などやアリストテレスの論術から
「それが超個体的普遍妥当的真理を否定し、あらゆる表象あらゆる判断は真という点においては価値を等しくするを教えたものであることは疑いない」(159)
・第二の問題:「プロタゴラスはいかなる論拠に彼の相対主義を基礎づけたか」
多くの学者は「プロタゴラスの説を感覚主義の認識論と解する」、「認識の唯一の源は感官的知覚である。知覚は畢竟運動に過ぎない。・・・両者はともに瞬間的状態に過ぎぬ。それ故すべての人すべての時を通じての真理はあり得ない」(160)
 波多野はこの解釈を否定する。プラトンは、「この説がプロタゴラス自身のではないことを暗示した」(160)。「これがプロタゴラス自身の説でない、という意味を裏面に含んでいる」、プラトンが排斥しようとした感覚主義の必然的帰結が、「普遍妥当的認識を否定する相対主義であることを示さんがために、それをプロタゴラスの説の如く装ったにほかならないのである」(161)。
(こうした波多野の解釈は現在の研究ではどのように評価されるだろうか。)

では、「プロタゴラスの人間標準論はいかなる意味に解すべきか」(161)
「われわれの各こそ有るか有らぬかの標準である」、人は「各思う所を異にすることを承認する」、「一切が等しく真というべきである」。しかし、「知に関して何の差別も無いであろうか」、「否。各人の思うところ、従って有る所ものに、真偽の別はないが、善悪の別はある」、「善き考は善き心の状態より発し悪しき考は悪しき状態より発する」、「心に関して同一事を成就するは教育の外にない」、「この教育の任に当たるものこそソフィスト即ち知者である。医師が薬剤を用いる如く、ソフィストは言葉(logoi)を用いる」。

「かの人間標準説」は「ソフィストの活動の主眼であった教育事業、殊にそれにおいて中心的位置を占めた能弁術と深き内的関係に立った」(162)
「いかなる人も己の思う所を言い表す権利を有するならば、それは等しく真でなければならぬ」、「各人の判断そのものが真理の終極の標準であり、主観の作用より独立なる客観的普遍妥当的真理はあり得ない」。「人を説得する力を有することが、何よりも肝要になる」(163)。
・「判断に善と悪との価値を差別を認めることによって」、ソフィストは「徳を教授しよき市民を養成するをわが特権」「職業となし得る」、「よき人は精神的に健全なる、心の常態を保った人」、「かかる人にふさわしい其の心の状態を現す判断こそ」「常識判断こそ善き判断と考えたらしい」(163)。
・波多野はこのプロタゴラスの論に不徹底さを指摘する。すべての判断の主観性を主張しながら、善悪の価値判断の客観的妥当性を承認することができるかについて(163)、プロタゴラスは明らかには意識せず、意義明白なる解決を下さなかった(164)。
    ↓
「実践問題に関する態度が他律主義無確信主義常識主義に傾いた」、「相対主義と他律主義とを不明瞭ながらも合わせ説いた点」(164)

5.ソフィストの宗教への態度
・多くの史料を有しない。彼らは宗教には冷淡であって、宗教的儀礼に対しては、「敬意を表するという常識的態度を取ったであろうとは、当然期待しうる」(164)
リクティアスの如きは「宗教を、賢明なる政治家の作り出した方便と説いた」。「近世の啓蒙時代」において唱えられた宗教論、「ただ相対主義者たる彼らが正面より自身の所信として宗教反対説を主張したとは考えがたい」(165)
・プロタゴラス、後人の記憶として宗教に関係ある断片(神の存在についての不可知論)が伝わっているが(165)、この句に関する判断は断念せなばならない。しかし、不可知論と否定とは決して同一でないことを思えば、「それは彼の相対主義と必ずしも相容れぬものではない」
 「古の人はすべて有益なるものを有益の故に、神と考えた」という説についても、信頼に値する史料を有しない(166)。

6.まとめ
 ソフィスト(相対主義、理想的価値への冷淡な態度)より、宗教に関して特色ある所信を聞き得ぬのは当然。しかし、彼らは社会の秩序の破壊者、人生に意義と価値を与えるもの、道徳や宗教の否定者と見なす「普通の見解は斥けねばならぬ」。「彼らはむしろ否定や反抗をなすだけの勇気と関心とを欠いたのである。彼らの精神は否定ではなく無関心に存した」
  ↓
「無確信」「無自覚的生活」「理想に対する冷淡」。これらソフィストが代表し思想の形に言い表した「時代の病い」。これを癒やし、国民を精神的堕落より救わんがために現れたのが、「ソクラテス」であった。

 詩人から哲学者へという時代状況はソフィストも共有していたが、ソクラテスの理想主義が時代の問いの真に答える道であった、これが波多野の確信と思われる。波多野の立場は、基本的には思想主義また批判主義であるが、それは実在論という形を取るための思索が始まった。それは、古代の宗教思想史をそれ自体として論究することを中断することを要求するものとなった、ということであろうか。
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