無教会キリスト教の現在的意義

 選挙も終わり、あまりにもマスコミの報道通りの結果であり、予想通りというか、これは大変というか、思いは様々かもしれない。こうした状況においてこそ、無教会キリスト教の意義について考えることは有用かもしれない。
 実は、来年度からしばらくの間、キリスト教学専修の演習では、無教会キリスト教を取り上げる予定であり、2013年度は内村鑑三の非戦論のテキストを中心に演習を進めることにしている(大学は、まだ今年度の授業を残す中で、すでに来年度のシラバス作成の季節となっている)。非戦論については、かなり以前に演習で取り上げたことがあるが、今回は、メンバーも新しくなり(おそらく)、日本近代思想の文脈を意識した演習を行いたいと考えている。

 この間に頭をよぎったのは、有名な矢内原忠雄の次の言葉である。

「今日は、虚偽の世において、我々のかくも愛したる日本の国の理想、あるいは理想を失った日本の葬りの席であります。私は怒ることも怒れません。泣くことも泣けません。どうぞ皆さん、もし私の申したことがおわかりになったならば、日本の理想を生かすために、一先ずこの国を葬ってください。」

 これは、1937年10月1日の日比谷での藤井武記念講演会の言葉(「神の国」)とのことであるが、盧溝橋事件(1937.7.7)から二次上海事変を経て日中戦争が全面化するまさにその過程での言葉である。この歴史的文脈での矢内原の言論については、『国家の理想──戦時評論集』(岩波書店)に収録の諸論考からリアルに知ることができる。特に、この論集所収の「国家の理想」(『中央公論』9月号。直ちに掲載処分)は、先の挙げた言葉とともに、重要である。
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