特集=生命倫理

 『福音と世界』2013.1号に、「生命倫理──生命はだれのものか」という特集が掲載されましたので、収録された論考のタイトルを紹介します。

・鳥居雅志「生命倫理にまるわる諸問題1」
・島薗進「生命科学のグローバルな競争と国際規制」
・宮本弘典「刑法と生命倫理」
・渡辺和子「死生学と生命倫理」
・飯田篤司「宗教はいかに生命倫理を語りうるか」
・上村静「いのちろ救うことか殺すことか」

 今回の特集は、上村静氏の責任編集という形で企画されものとことであり、編集者の言葉として、「生命倫理の問題は、国家レベル、国際レベルの問いとなっている。専門化や宗教化と行政には指針を出すことが期待されている」と述べられている。確かに「問われるべき問いは多く、正解はない」という現実がある。とすれば、こうした雑誌の特集を企画する意義はどのように考えるべきか。問い自体を浮かび上がらせ、読者に考えることを促すということだろうか。こうした企画のこれまでのパターンとしては、どこにでもあるお馴染みのことをおさらいするだけということがこれまでであったが、今回はどうだろうか。雑誌(月刊)と専門度の高い補版的な研究書のそれぞれの棲み分けと補完関係はどうなるだろうか。前者は比較的多いが、日本において後者が決定的に欠けている。問いが深まらないというジレンマがそこにある。その中で、島薗氏の論考はiPS細胞の問題に踏み込んでいる点で興味深い。ここで問うべき問題を明確化する作業が求められている。

 また、巻頭言にあたる「語り継ぐ3.11」「沖縄で」というタイトルで、日本基督教団首里教会牧師の竹花和成氏の言葉が収録されている。3.11・フクシマと沖縄、ここに争点があるはずにもかかわらず、それが争点として共有されにくいのは、憂慮すべき事態ではないだろうか。
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