民主主義とキリスト教

 民主主義とキリスト教については、バルト(キリスト教と政治との歴史的関係は多様であるが、その基本線を延長すれば民主義的システムを指示する)を含め、少なからぬキリスト教思想家がさまざまな見解を示している。リンゼイによる、近代の議会制民主主義(イギリス)の源泉はピューリタンの教会的経験(教会会議)にも求まられるとの説はその典型であろう。

 とすれば、キリスト教あるいはキリスト教的なもの(キリスト教がもたらす精神性と類似の精神基盤を提供できれるものという意味で)が根付いているかどうかは、その国・地域の民主的であるかの度合いを計るメルクマールになるかもしれない。こう考えれば、選挙に行かない国民の数が膨大に登る国において、キリスト教が根付いていないのは、一定の相関関係があると言うべきであろうか。

 いずれにせよ、お隣の国の投票率の高さと比べ、日本の民主主義がいかなるものであるかは、明かと言うべきであろうか。民主主義が根付かないのは、国民個人の問題なのか、あるいは国家の構造的な問題か。日本キリスト教はこの事態をどのように見るべきだろうか。
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