年度末へ向かう大学の風景

 二日間にわたったセンター試験がおわり、大学も年度末に向かう一連の動きが本格的にスタートする。これから、大学では3月にかけて大学入試が行われ(すでに大学入試シーズンに突入している大学も少なくなく、一年中入試業務という状況へと進みつつある)、教員も職員も、入試事務局の設営に、監督に、採点に、判定に忙しくなる。特に、様々なローテーションなどによって責任者となった人は大変である。心身共にかなりの疲労であり、これほどの労力を費やして大学入試は行われており、様々なレベルのミスに対してマスコミが一斉に他人事のような報道をするのを見ると、腹立たしい気分になる。

 入試は大学入試だけではない。大学院重点化以降、大学院入試の比重はかなり大きくなり、一昔前のまだのどかな感じが残っていた頃とは隔世の感がある。京都大学文学研究科の場合は、8月の入試を行っている系も存在するが、主なものは2月中頃の入試であり、センター試験、大学院入試、大学入試二次試験と、断続的に入試が行われ(文学研究科の多くの教員はこの内の二つには関与し、わたくしも経験済みであるが、三つすべてに関わる場合もある)、その間に、卒業論文と修士論文の試問、そして学年末の試験やレポート、成績の確定の作業が、間を縫うようにやってくる。

 もちろん、これだけでなく、授業はまだ今週も残っており、さらに、年度末にかかて、論文の執筆数本、講演数回となると、やや(?)オーバーワークと言うべきかもしれない(かなり大部のものも含め、報告書や書類の作成などがこれに加わる)。

 京大職員組合委員長の高山佳奈子先生のブログにもあるように、これで給与が低いとなると、大学教員は何がよいのかということになるかもしれない(もちろん、高山先生も指摘するように、これは日本の全勤労者の給与と比較すれば高いわけですが。これは、同程度のキャリアの私立大学教員との比較です)。大学教員という職業は、研究を十分に行うことができそれを発表する機会がある、また研究を共有する研究者・学生が存在し、研究の次の世代の育成に何らかの貢献ができる、これで十分であり、給与は二の次ということかもしれませんが、こうした研究と教育に関わる肝心の条件が急速に損なわれつつあるとすれば(給与はすでにかなり損なわれている?)、次の世代の研究者の養成にも大きな影を投げかけることになります(すでになっている)。
 
 キリスト教思想研究者も、大学に止まる者、大学を脱出する者、研究形態は多様化せざるを得ないようにも思われます。(とは言っても、大学を脱出してどこへ行くのか。)
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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