原子力とキリスト教神学

 3.11以降の状況において大震災・原発という問題は、日本人のみならず世界的な広がりにおいて問われるようになってきている。キリスト教思想も、この思想的な状況下にある。今回紹介の文献は、ボンヘッファー研究者としても知られ(わたくしの手元にあるものとしては、名著『共に生きる生活』がある)、また自然科学とキリスト教神学というテーマでも論考を公にされてきた(日本基督教団出版局から以前にかなり刊行された『教義学講座』第3巻に、「自然科学とキリスト教」という論考を執筆。これは本書、VIに収録)、森野善右衛門氏の近著である。

森野善右衛門
『原子力と人間──3・11後を教会はどう生きるか』
キリスト新聞社、2012年12月。

序 大震災の問いかけるもの──「新しい戦前」を来らせないために

I 心を更えて新たにせよ──聖書に学ぶ
 1 新しいいのちの夜明け(ルカ二四・一~一二)
 2 地の基震い動く(イザヤ二四・一七~二〇、ロマ五・一~五)
 3 無力の力(マルコ一五・三二~三九、ロマ一・一六)
 4 心を更えて新らにせよ(ロマ一二・一~二)
 5 希望としての平和(イザヤ二・一~四、ロマ五・一~五)

II 3・11大震災後の生き方を考える
 1 3・11をどう受けとめるか
 2 「核」開発の歴史をふり返って
 3 原子力の「平和利用」の流れとその問題性
 4 3・11以後をどう生きるか
   (1) 今は「下山の時代」である
   (2) 自然との和解と平和に向けて──エコロジーの視点から
   (3) 「真の豊かさとは何か」を再考する
   (4) 弱さと苦難を担う神──無力の力
   (5) 下からの視点

III チェルノブイリ原発事故に思う
 1 核文明に未来はあるか──核時代と私たち
 2 核時代の<終幕>に向けて──核と人間は共存できるか

IV 自然と人間を考える
 1 近代科学の成立と人間の問題
 2 自然と共に生きる

V 自然科学と自然の神学──一つの対話の試み
 序
 1 近代における「自然」の発見
 2 プロテスタント神学における「自然」の喪失
 3 現代神学における「自然」回復の試み
 4 結び──新しい「自然の神学」への道

VI 自然科学とキリスト教──現代教義学の問題として
 1 はじめに
 2 歴史的概観
 3 現代の自然科学と自然の神学
 4 むすび

解題──あとがきに代えて

広島出身、広島大学物理学科卒業という経歴との関わりもあってのことと思われるが(「解題」に森野氏自身が説明している)、氏は原子力を含めた自然科学の諸問題とキリスト教・キリスト教神学との関わりについて、議論を展開してきた。こうした諸論考に比べ、画期的に新しい神学が提示されているわけではないが、3.11以降の状況下で、改めて考え始めるのに参照するに相応しい文献と言える。
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 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
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