キリスト教と翻訳の問題(26)、中間的まとめ

 これまで、キリスト教思想と翻訳、特に聖書翻訳に関連して、文献紹介を行ってきた。今回は、これまでの議論を振り返りつつ、暫定的で部分的なまとめを行ってみたい。
 聖書翻訳をめぐる諸問題は、大きく言って、次のように整理できる。

・聖書の言語性をめぐる神学的問い。
 これは、聖書が神の言葉と人間の言葉の二重性を有することに関わるが、キリスト教神学に即して言えば、その根本には、キリストの神性と人性の問題が存在し、またそれに連関して、言葉による啓示とそのプロセス(啓示史、創造から終末へ。つまり、神と世界との関わり)、そして言葉の二重性が動的に生成する機構に関わる霊感、そしてこの機構の歴史内在的な場としての教会・サクラメント、といった問題全体が、問われねばならないことがわかる。このように聖書翻訳は単なる技術的な周辺的な問題ではないことに留意しなければならない。

・聖書翻訳の歴史と事例
 聖書翻訳は、キリスト教史の中で繰り返され、また現在も新たに試みられつつある。エーベリングは、キリスト教史を聖書解釈史として捉えたが、これは聖書翻訳史と切り離すことはできない。LXX、ヒエロニムス、ルター、欽定訳・・・、そして東アジアの聖書翻訳など、個別的に問われるべき事例は無数に存在する。

・聖書翻訳の言語的哲学的理論。
 聖書翻訳は、翻訳理論の源泉となり、さまざまな仕方で言語論、哲学思想と関わりをもって現在にいたっている。翻訳は、まさに思想の中心テーマにほかならない。

 以上の大枠を念頭に置きつつ、翻訳理論という点について、議論を進めるならば、まずに、気になるのは、形式と内容という枠組みである。理論的把握がその問題の対象の形式と内容という区分に基づいて行われることは、それ自体が伝統というべきものであり、翻訳においても、翻訳の内容と形式という区分はしばしば自明のことのようになされている。その場合、たとえば、翻訳の内容としては、翻訳すべき「ことば」の意味内容が念頭に置かれ、また翻訳の形式としては「ことば」の形態が取り上げられることが少なくない。しかし、意味内容と形態との区別あるいは分離という議論に問題はないのであろうか。確かにソシュール言語学によっても、記号(シーニュ)が「観念/イメージ」の二重性を有していると考えられており、それを抽象化すれば、意味内容(観念)と形態(イメージ)を取り出すことはいわば自然な作業である。しかし、この二重性を二つの要素の区分として捉えるのは、いわば近似ではないのか。当面の問題の出発点としては、ここからスタートするにしても(ナイダは意味内容に注目し、ブーバーは形態に注目し、それぞれの聖書翻訳論を展開している)、いつまでもこの近似を自明視していて問題ないのか。少なくとも、第一次近似から第二次近似へとレベルを上げる必要はないのか。構造論から動態論への進展が求められるのは、この点においてである。

 問題はこれだけではない、さきほどから、翻訳について、「ことば」という表現を用いてきた。これは、ことばが、語、文、テキストの三つのレベルを有し、それらが相互に連関し合っているという事態を念頭に置いたものであった。こうしたレベルに留意した言語論(言語の意味と指示に関わる理論構成)を提唱したのは、哲学者リクールであるが、翻訳を理論的に考える場合にも、こうした諸レベルとのその相互関係をどう考えるかは、重要な問いとなる。翻訳は、語の翻訳を含むが、それだけではない。それは文とテキストのレベルとの関わりおいて存在している。

 また、ナイダが翻訳で問題にした読者の反応という点も、さらなる理論展開を必要とする。これは、人間論全般を視野におくことを要する問題であり、翻訳が個人と共同体という場において実践され、これは、自己と他者との関わり、さらには自己内部の複数性をも巻き込むことになる。翻訳者個人は、翻訳作業において他者の存在を前提としており、一定の共同体に向けて翻訳を行う。その共同体がどのような性格の共同体であるかによって(教会共同体なのか、世俗社会の一般的読者なのか、など)、翻訳において問われるべき事柄は異なってくるだろう。これは、先の述べた「聖書の言語性をめぐる神学的問い」へと考察を進めることを要求するのではないだろうか。
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