思想史における民衆という問題(14)

 今回は、阿部謹也の社会史という方法論に基づくヨーロッパ中世研究の3回目です。本ブログの問題意識は、近代日本のキリスト教思想史を民衆という視点からテーマ化することになりますが、中世研究は、ヨーロッパ中世についても日本中世についても、こうした議論を進める上で、特に資料と方法という点で、非常に参考になります。今回の阿倍の著書はその典型の一つと言えます。

阿部謹也
『中世賤民の宇宙──ヨーロッパの原点への旅』
ちくま学芸文庫、2007年(1987年)

私たちにとってヨーロッパ中世とは何か

ヨーロッパ・原点への旅──時間・空間・モノ
 一 中世社会史研究の方法論によせて──出発点としての自己省察
 二 原点としての中世後期(十一─十五世紀)ヨーロッパの意味
 三 過ぎゆかぬものを見る目──二人の歴史家
 四 初期中世ヨーロッパにおける時間意識
 五 初期中世ヨーロッパにおける贈与慣行
 六 ヨーロッパにおける「公的」なるものの成立──贈与から売買へ

死者の社会史──中世ヨーロッパにおける死生観の転換
 一 死生観の変化
 二 初期中世の蹴る死者と生者
 三 キリスト教の浸透と中世
 四 遺言書の成立
 五 現世観の変化

ヨーロッパ中世賤民成立論
 一 賤民研究の問題点
 二 人間狼について
 三 二つの宇宙
 四 小宇宙としての共同体
 五 賤民の成立と解体

中世ヨーロッパにおける怪異なるもの

ヨーロッパの音と日本の音


あとがき

解説(大黒俊二)

 本書は、キリスト教研究との関わりで、きわめて示唆的である。本書との関わりでいくつかの点を確認していきたい。

・阿部は、十一、十二世紀を中世の転換点とみている(前期から後期)。これは「中世人の宇宙観」の「公的な次元における大きな変化」であり、それが、キリスト教の浸透によって、二つの宇宙が一つの宇宙(唯一神の支配する場)に原理的に統合されるプロセスであり、本書では、それが時間理解の変化、そして死生観の変化を生じたことが示され、そして賤民・怪異なるものという問題へ展開されている。この11、12世紀は、たとえば、12世紀ルネサンスとして中世科学ら展開しはじめる時期(イスラーム科学の導入・消化)であり、キリスト教思想においては、キリスト教的な学として「神学」概念の定着と13世紀スコラへの上昇という時期である。こうした一連の動向は一つの大きな変動として捉える必要があり、思想史と社会史との有機的な結合はこうした点を分析する上で、重要になる。

・阿部は死生観から賤民(「中世後期以降賤民視されてゆくさまざまな職業は、ほとんどすべて本来は二つの宇宙の狭間に成立したものであることが解るであろう。刑吏、獄吏、捕吏、墓堀り人、塔守り、夜警などが死(特に非日常的な死)とかかわる職業であり、皮剥ぎ、・・・」(260))というラインに注目しているが、これは、近世から近代にかけて問題化する魔女という存在とも無関係ではない。伝統的な宇宙論から機械論的一元化された宇宙論への転換が魔女という問題と関わることなど(ブライアン・イーズリー)を視野に入れれば、ここにも興味深い思想史的テーマが浮かび上がることになる。最近の死生観やジェンダー論は、こうした問題連関を通して、中世研究に接続する。

・阿部は、中世の原点が、贈与・互酬関係に見ているが、ここから見えてくる、中世を通じて展開するモノをめぐる人間関係の変化、つまり、贈与から売買への転換(中世都市における貨幣経済の展開)は決定的な意味を有している。20世紀の人類学から哲学へ及ぶ贈与論は、一度ヨーロッパ史の歴史的文脈に戻して考えることが必要であって、ここから近代とは何かについても議論の深まりが期待できるのではないだろうか。本書と合わせて、堀越宏一『ものと技術の弁証法』(岩波書店、2009年)や池上俊一『儀礼と象徴の中世』(岩波書店、2008年)などのより最近の中世研究を参照することが有益であろう。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR