思想の試みとして、民衆へ(2b)

 前回は宮澤賢治を高木仁三郎の視点から紹介した。趣旨は、宮澤賢治を「民衆へ」という自覚を有した思想家として位置づけるという点にあった。この趣旨自体は可能な問題設定であることを前提として(そうでなければ、ここで宮澤賢治を取り上げること自体が無意味となる)、しかし、宮澤賢治の思想については、一定の留保を行う必要があり、今回は、前回の補足説明を行っておきたい。
 本ブログでは、思想・思想史を論じる際に、社会史・民衆史という視点が重要であるとの立場から、「民衆へ」という問題に行き着いたわけであるが、この社会史・民衆史という視点から見た宮澤賢治の問題は、伝説に依拠した礼賛では済まないという点にある。宮澤賢治をその歴史的社会的文脈に戻して評価することが必要になる(もちろん、これとは別の視点も「賢治」理解としては可能であり、そのこと自体をここで問題にしたいわけではない。思想的に突き詰めれば問題とならないとは言えないが)。
 宮澤賢治が著作活動を行った大正から昭和初期の日本(そして東北)、満州事変から日本が大陸へと軍事的にのめり込んで行く時期、そのため宗教界はもちろん日本国民全体が戦争総動員へと組み込まれつつあった時代、この時代に宮澤賢治の作品群(多くの未発表のものを含め)を位置づけたときにそれはどのような意味を有することになるのか。3.11以降の状況下で多くの人々に読まれた「雨ニモマケズ」、アニメにもなった「銀河鉄道の夜」、そして高木仁三郎が取り上げた「グスコーブドリの伝記」、さらには「よだかの星」など、これらはいわば時代状況から切り離され読者のさまざまな文脈で読まれるとき、ヒューマニスティックな幻想的メッセージを浮かび上がらせる。こうした読まれ方が可能であることは、宮澤賢治の作品の卓越した文学性を証言していると言える。しかし、社会史的民衆史的読解は、再度宮澤賢治の時代に「賢治」作品を位置づけ読解することを要求する(これらとはさらに別に、キリスト教と賢治といった比較思想的な読みも可能である。宮澤賢治とキリスト教の複雑な関係、斎藤宗次郎からの影響などなど)。

 まず問題となるのは、「賢治」がどのように読まれたか、教育の場などでどのような機能を果たしたかという点である。国家が国民全体に滅私奉公を要求する際に、「雨ニモマケズ」はどのような機能を担い得たか、そして宮澤賢治はそれに無自覚だったのか、など。
 さらに問題となるのは、死後世界を文学的な手法であれ、テーマ化するということである。キリスト教は特に中世において、死後世界をさまざまな宗教文化の中でテーマ化し、人々に決定的な影響を及ぼした(この点については、本ブログで紹介した、阿部謹也『中世賤民の宇宙 ヨーロッパ原点への旅』を参照)。死後のテーマ化という問題は、そのキリスト教的な意味・問題性を含めて、再検討すべき事柄であり、その観点から宮澤賢治の作品(「銀河鉄道の夜」など)は問い直される必要がある。ここで問われるのも民衆を管理するメカニズムの問題である。

 こうした宮澤賢治論に関心のある方は、山口泉『宮澤賢治伝説─ガス室のなかの「希望」へ』(河出書房新社、2004年)をご覧いただきたい。こうした宮澤賢治論については、大きく見解がわかれることになると思われる。わたくし自身の宮澤賢治評価は、現在のところ、ペンディング状態である。
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