賀川豊彦と幼児教育

 山形県の南陽市・宮内にある宮内幼稚園の創立六〇周年記念会で、講演を頼まれ、久しぶりに山形県を訪れました。まだ、雪の残る冬の山形県です。講演は、宮内幼稚園にゆかりのある、賀川豊彦について、かれの幼児教育論を中心に話をしました。宮内幼稚園は、わたくしの家族とも関わりにある幼稚園で、懐かしい人にも会えました。聴衆の反応もよく、ほっとしています。

 講演のレジメをいかに掲載します。


子どもたちの未来へ─幼児期、そして人生における「祈り」の意味─

Ⅰ.賀川と幼児教育
1.教育者としての賀川
・1931年4月25日松沢教会を開設し、松沢幼稚園を開園した。
 芸術、自然、宗教(芸術→自然→神)を核とした自然の中での幼児教育(幼児自然教案)
「神は愛である」という信仰の基盤の上に、賀川の多面的な働きが生み出された。
2.「イエス伝の教え方」の「序」:「イエスを教えることは、愛の仕事であります。そして 愛と神のある所に、イエスの心が成長します。」(93)
3.「宗教教育入門」の「第六章 宗教教育の応用(その1)──子供を叱る工夫」
 「子供を教育するのに厳格過ぎてもいけないし、放縦であってもよくない。で、我々はもう少し子供を叱ってもいいと思う」(335-336)、「ではどうして叱るか?」「賢明なる母は怒るのではなく叱る人でなければならぬ。そして叱る時は、叱られるべき子供をまず研究しなければならぬ。即ち観察する、言い換えれば、医者が患者を診察するように
 この子は何処が悪いのだろう、どういう状態の下にあるかを診察する必要がある。児童相談所があるのはこの理由である。この診察に従ってその上で叱る、つまり教育をするようにしなければならぬ。」(337)

Ⅱ.「祈り」の意味
4.祈りとは、祈りの大切さ、繰り返し、幼児期から
願い、忍耐・工夫、希望。一人で、他者と共に、祈りを共有すること。
5.「魂の彫刻」
 「子供の魂に神の姿を彫刻する方法」「子供に神の生命の経験を、体験させたいのです」 (220)
 「宗教は生命の工夫であります。生命の内容は価値の創造にあります。即ち悪と戦い、 自由への世界に伸び上るじちが宗教の本質であります」(222)
 「子供に神を教えることは、言語が発音できるようになってから直ちに始めなければなりません」、「少年時代の祈りの眼目は、拝むということ、善い子になるということ、生理的の問題について感謝し祈ることなどの問題が重ねるものであります」、「拝むということは、神に対する絶対の帰依を教えるのでありまして、言語に絶した崇敬の心で神に近づくように教えねばなりません」、「満五歳位になると主の祈りを暗唱にさせて、それを朝の祈りにさせても善いと思います」、「私の家庭では、朝食の前に、家庭の礼拝がありますが、子供が出席する場合には、子供中心の讃美歌を歌い、子供に祈ってもらいます。そうした風習をつけることも、真に必要であります」(223)

Ⅲ.地域の中での幼稚園 → 地域の再生という課題
6.新しい地域の形成に向けて、その中心に教育(人間を育てることによって自らが育て られること)がある
7.大都会ではなく地方の可能性:自然の恵み、地域の絆(都会では作り出しにくいもの)
  教会・幼稚園の卒園生と家族を中心に地域的なコミュニティ(『創立50周年記念誌』)

Ⅳ.京都での経験:地蔵盆 → 児童館
8.子供たちにとっての楽しい企画→世代を超えて、祈りの共有

Ⅴ.結び

<賀川豊彦略年表>(1888-1960):ノーベル文学賞候補1947-48、平和賞候補1954-56
1903:兄の放蕩により15歳の時に賀川家破産
1904年(明治37年):日本基督教会徳島教会にて南長老ミッションの宣教師H・W・マ ヤスより受洗。
1905年(明治38年):明治学院高等部神学予科に入学
1907年(明治40年):神戸神学校(後の中央神学校)に入学。
1909年:神戸市新川のスラムで路傍伝道を開始。
1914年(大正3年):渡米、プリンストン大学・プリンストン神学校。
1915年(大正4年):『貧民心理之研究』出版。
1917年(大正6年):帰国。神戸スラムに戻り無料巡回診療を開始。
1919年(大正8年):友愛会関西労働同盟会を結成(理事長)、日本基督教会の牧師資格。
1920年(大正9年):自伝的小説『死線を越えて』出版。神戸購買組合(灘神戸生協を経 て現・コープこうべ=日本最大の生協)設立。
1921年(大正10年):神戸三菱造船所の大争議を指導。
1923年:関東大震災罹災者救済活動。
1929年(昭和4年):日本基督教連盟の特別協議会における「神の国運動」を議決。
1943年(昭和18年):憲兵隊による取調べ、国際友和会日本支部解散
1945年:戦時救済委員会委員長として戦災者救護。厚生省戦災援護会委員。
  8月26日、東久邇宮内閣の参与。
  9月、国際平和協会を設立、機関誌「世界国家」発行。厚生省、神戸市の顧問。
  11月、日本協同組合同盟をつくる(会長)。12月、日本教育者組合をつくる(会長)。
1946年:食糧対策審議会委員。貴族院議員に勅選。キリスト新聞社を創設。日本基督教   団の大衆伝道「新日本建設キリスト運動」。
1949-1950年:イギリス、ドイツ、デンマーク、ノルウェー、スエーデン、アメリカなど   の諸国でキリスト教伝道。
1952年:世界連邦アジア会議(広島市)の議長。
1954年:第二回世界連邦アジア会議(東京都)の議長。
1957年:タイのキリスト教伝道を援助。第三回世界連邦アジア会議(京都)の議長。
1958年:世界平和のためのキリスト者国際会議の議長。
1959年:1月、キリスト教伝道の途上、高松駅にて病気になり、その後療養。
1960年:4月23日午後9時13分逝去。4月29日青山学院大学礼拝堂にて葬儀。

<引用・参考文献>
1.『賀川豊彦全集』全24巻、キリスト新聞社。
  賀川豊彦全集6
   日曜学校教授法(翻訳、1915)、イエス伝の教え方(1920)、魂の彫刻(1926)
   宗教教育の本質(1929)、宗教教育入門(1930)、自然と性格(1934)、幼児自然教案
   子供の叱り方と叱らずに育てる工夫
2.賀川豊彦『友愛の政治経済学』加山久夫・石部公男訳、日本生活協同組合連合会、
     2009年。Toyohiko KAGAWA, Brotherhood Economics, Harper & Brothers, 1936.
3.雨宮栄一『青春の賀川豊彦』(2003)、『貧しい人々と賀川豊彦』(2005)、『暗い谷間
    の賀川豊彦』(2006年)新教出版社。
4.阿部志郎・雨宮栄一・武田清子・森田進・古屋安雄・加山久夫
    『賀川豊彦を知っていますか』教文館、2009年。
5.芦名直道『教会生活案内』キリスト新聞社、1982年。
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