思想の試みとして、民衆へ(5)

 前回は、谷川雁まで、時代を下ってきた。1950年から60年代である。これは、わたくしの時代感覚であるが、「民衆へ」の思想という点で、日本の思想史的状況は、70年代を境に大きく転換することになる。それは、大づかみに言えば、労働運動から市民運動への移行(労働運動の屈折・退潮と運動体の主体の解体)と捉えることもできるかもしれない。キリスト教的な「民衆へ」の思想動向もこの転換の内にあった。全共闘・学生運動に重なる教会闘争・造反がもたらしたものである。全国的には、70年代に入り、この運動の後退は鮮明になりつつあったが、わたくしが学生時代を過ごした京都大学は、比較的遅くまで(70年代後半)、運動の継続・余韻が存在していた。わたくしの世代は、全共闘世代には乗り遅れ、新人類には早すぎた、中間的な中途半端な位置を占めている。気分的には先行する世代となにがしの経験を共有しつつも、すでに時代は動いてしまっている、という感覚である。それだけに、70年代の転換から、80年代以降の「閉塞状況」(「民衆への」思想にとっての)への移行は、同時代として鮮やかに記憶を辿れことができる。
 こうした時代を多面的な仕方で描いた文献として、次のものを紹介したい。

北田暁大・野上元・水溜真由美編
『カルチュラル・ポリティクス 1960/70』
せりか書房、2005年。

はじめに(野上元)

I 日常性・私・他者
 1 日常生活批判六〇/七〇年代(祐成保志)
 2 リブ前夜の倉橋由美子──女性身体をめぐる政治(鈴木直子)
 3 大学紛争下、古井由吉の〈試行〉──極私と公共性、二極のリアル(石曽根正勝)
 4 宗教/批判の系譜──吉本隆明・田川建三・柄谷行人(赤江達也)

II メディア・サブカルチャー・知
 5 あさま山荘事件と「戦争」の変容──「メディア論」の現代史のために(野上元)
 6 読者共同体の想像/創造──あるいは、「ぼくらのマンガ」の起源について(瓜生吉則)
 7 盛り場の知・学校の知──安原顕と現代思想の七〇年代(渡辺彰規)

III 国土の弁証法
 8 消失する万博・消費される問い──一九七〇年、大阪万博について(貞包英之)
 9 「復帰」をめぐる企て──「沖縄病」に表れた沖縄受容の作法(高橋順子)
 10 石牟礼道子と水俣──ゆらぐ〈共同体〉像(水溜真由美)

終章 OVERVIEW 六〇/七〇の文化政治学──三つの問題系(北田暁大)

 もちろん、ここに登場するものが、70年代駆け抜けたすべての運動体・現象・出来事ではない。個人的には、70年代後半の曲馬舘(→風の旅団、驪団、夢一族)の軌跡や、フォークからニューミュージックへの移行の意味など、扱われる事象は多く存在するだろう。しかし、「10 石牟礼道子と水俣」で扱われた「思想」は、この時代以降の「民衆へ」の思想の姿であり、また、「4 宗教/批判の系譜──吉本隆明・田川建三・柄谷行人」は、この時代の転換において、キリスト教に関わる思想がいかなる在り方をしていたのかをその一つの断片において取り出している。いずれにせよ、キーワードが労働者から農民や市民へ拡散して行く動向と、動向全体が「消費」され解体して行く状況とが、この70代の転換期を経て、80年代以降を特徴付けることになることは、確認できるように思われる。その動向は、90年代の阪神淡路大震災とオウム真理教、バブル崩壊と東西冷戦の終了を経由して、東日本大震災と原発事故に至ることになる。「民衆へ」の思想は、いかなる軌跡を描こうとしているであろうか。

 近未来の思想を構築するには、過去の思想史から何を学ぶかが問われねばらず、思想史研究あるいは人文学の存在意義はこの点から再考する必要があるのではないだろうか。

 本ブログでの、思想史研究をめぐる考察は、今回で一つの区切りとなる。
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