人権と大学、そしてキリスト教・続

 昨日の本ブログでは、田中宏『在日外国人 新版──法の壁、心の溝』(岩波新書、1995年)うぃ紹介したが、印象に残ったいくつかの文章を引用しておきたい。日本における外国人の問題を考える際に、念頭に置いておきたい論点である。

「日本が主権を回復する日に、旧植民地出身者は一方的に「外国人」と宣言され、一般外国人を対象とする出入国管理令および外国人登録法が、全面的に適用されることとなる。」
「旧植民地出身者をあたかも一般の外国人であるかのように装うことによって、歴史の抹消がはかられたといっても過言ではなかろう。」(46)

「在日朝鮮人の国籍問題は、第一世界大戦後のベルサイユ条約にある国籍選択方式を念頭におきながら、やがて国籍のいっせい喪失へ、そして、それ以降の日本国籍取得は「帰化」によって対処する、その際も、「日本国民であった者」とも「日本国生気を失った者」とも扱わない、ことによって完結した。
 それは、かつて「帝国臣民」たることを強制した者を、一般外国人とまったく同じ条件で帰化審査に付すことを意味し、みごとに〝歴史の抹殺〟がなされたといえよう。」(71)

「アメリカの日系人強制収容問題の〝精算〟のための補償金の支払いがなしまったのは、一九九〇年一〇月のことである」、「一方、アメリカと日本のあいだでは、戦争に関する問題はとっくに片付いているともいえる。すなわち、平和条約一九条(a)によって、「日本国は、戦争から生じ、また戦争状態が存在したためとられた行動から生じた[中略]請求権は放棄し」た、のである。
 したがって、日系人のうち、少なくとも〝日本国民〟に関しては、その補償問題は解決済みということになる。しかし、アメリカ連邦議会は「将来への警告」として事件の解決をはかることにしたのである。」(123)

「旧法は、在外邦人の社会保障は「相手国」にお願いしながら、在日外国人のそれは「その本国」に押しつけるというものだった。それが、在外邦人は相手国に託するかわりに、在日外国人は日本社会の仲間として扱う、ということにやっとなったのである。」(163)

「一九七〇年代に入って現われた民族差別の撤廃にむけての新しい潮流が、「内なる告発」とすれば、七五年のインドシナ難民なりサミットの発足は、さしずめ「外からの告発」として対比されよう。外で外国籍を得るときは、しばしば「日本姓」を維持しているのに(たとえばペルーのフジモリ大統領)、内で外国人が日本国籍を得るときは「外国姓」を拒否してきたのが、今までの日本人の姿である。名前を見れば国籍がわかる、というのも、日本独特の現象ではなかろうか。」(173)

もし、戦後日本の歴史教育の問題性について指摘するならば、この「歴史の抹殺」を押しとどめるだけの教育が出来なかったことを挙げるべきであろう。
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