死と死者儀礼(6)

 この10年の間に、キリスト教思想に関わる人物の重要な「自伝」が出版され、日本語にも翻訳されました。人間にとって自伝とは何か、ということも重要な研究テーマになるように思われます。今回取り上げるモルトマンについて言えば、「あとがき」にある次の言葉が自伝を書く動機付けとして注目すべきものではないでしょうか。

「私は、この生涯の歴史を、私が狭い、また広い生活空間の中で結ばれたすべての人のために書きました。私が五十四年の生涯を分かち合ったエリーザベトのために、私たちの子供たち孫たちのために・・・・」(510)

自伝は、自分に向けて、そして身近で大切な他者に向けて書かれる、とくに続く世代に向けて書かれるということではないかと思われます。したがって、そこには、自分の「死」が見え隠れすることはいわば自然なことです。モルトマンの場合は、まだこれからの歩みの長さが意識されているためか、この要素は比較的希薄な印象ですが。モルトマン神学にとって「死」とはいかなるテーマかという問題は興味深い視点になるでしょう。自伝で「死」が集中的に現れるのは、戦場での体験(1943年のゴモラ作戦)と戦争捕虜に関連した、青少年時代の部分です。

「戦争の物語は決して冒険の物語ではありません。むしろ破壊と死の物語です。」(42)
「ここでもまた、突き刺すような問いが湧き起こってきました。「なぜ彼はしんだのか、なぜ私ではなかったのか?」「私は何のために生き続けなければならないのか?」と」(47)

 この意味では死の問いは、モルトマンの思索の出発点にあったと言うべきかもしれません。

 もう一つ、興味深い場面は、両親の死、特に父の死を扱った部分です。
「八〇年代、私の生活はすっかり変わりました。私の両親は亡くなり、子供たちは成長して、彼女たち自身の道を歩んで行きました。家はからになり、私たちのまわりは静かになりました。」(429)
「これが、父の死後、私が強く体験した、死者の変容の不思議です」、「死者は「死んだ」のではありません。行ってしまい、人がすぐにそれを忘れることができるほど、無意味になったのではありません。彼らは、私たちのそばに、また私たちの中にいるのです。そして私たちの生は、彼らとのたえざる対話です。私たちは、彼らが現存した過去に生き、彼らは、私たちの現在の中に存在します。私たちは死者が残した罪と、また私たちが彼らに果たすべきものもって生きています。」(431)

 この死者の変容は、わたくしも自分の父を思うとき、実感として共有できる感覚です。それはいわゆる主観的として片付けることのできない、人間的リアリティの核心を構成しているように思われます。モルトマンは、『創造における神』(1985年)の第五章で時間論を展開していますが、この死者の変容は、時間論と結びつけて論じるべきでしょう。モルトマン研究の重要テーマの一つがここにある。

以下、目次の紹介。

ユルゲン・モルトマン(蓮見幸恵・蓮見和男訳)
『わが足を広きところに──モルトマン自伝』
新教出版社、2012年。
(Weiter Raum. Eine Lebensgeschichte, Guetersloher Verlagshaus, 2006.)

第一部 青少年時代
 第一章 入 植
 第二章 一九四三年七月のゴモラ作戦
 第三章 戦争捕虜(一九四五―一九四八年)

第二部 見習い期間
 第一章 ゲッティンゲンにおける神学生(一九四八―一九五二年)
 第二章 ヴァサーホルストの牧師(一九五三―一九五八年)

第三部 始まり
 第一章 教会立ヴッパータール神学大学で(一九五八―一九六四年)
 第二章 公共的神学

第四部 希望の神学
 第一章 希望の神学(一九六四年)
 第二章 キリスト教とマルクス主義の対話の中で
 第三章 私のアメリカン・ドリーム

第五部 政治的神学
 第一章 テュービンゲンにおける第一の始まり(一九六七年)
 第二章 テュービンゲンにおける第二の始まり(一九六八年)
 第三章 全世界への講演旅行(一九六九―一九七五年)
 第四章 バンコクでの世界宣教会議(一九七二―七三年)
 第五章 極東への道(一九七三―一九七五年)

第六部 新しい三位一体的思考の十字架のしるしにおいて
 第一章 十字架につけられた神(一九七二年)
 第二章 神学的地平の拡大
 第三章 エキュメニカルな地平の拡大
 第四章 場所と地位
 第五章 キリスト教とユダヤ教の対話

第七部 未完成の完成――生の挑戦
 第一章 新しい三位一体的思考
 第二章 ギフォード講演(一九八五年)エディンバラにて――創造における神
 第三章 中国への私たちの長い行進(一九八六年)
 第四章 女性また男性として神について語る エリーザベトとの共同の神学
 第五章 生への新しい愛

第八部 終わりの中に始まりが
 第一章 終わりと始まりの祝い
 第二章 新しい重要点

あとがき
原註
訳者あとがき
人名索引
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Translation(自動翻訳)
FC2カウンター
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR