京都ユダヤ思想学会・シンポジウムより

 先日のブログでも紹介したように、先週の土曜日から2日間にわたり、同志社大学で京都ユダヤ思想学会の学術大会が開催され、わたくしは、初日のシンポジウムを聞くことができた。メモ的な印象を記しておきたい。

今回のシンポジウムは、「論争としての啓蒙」という大会テーマを受けたものであり、提題者は次の通りであった。

提題者:手島勲矢(日本学術会議連携会員)
       「論争としてのハシディズム—《ハスカラー》を考えるユダヤ思想史の視座」
    伊藤玄吾(同志社大学)「理性・宗教・伝承—ボシュエの『世界史論』と『伝承と教父の擁護』を中心に」
    後藤正英(佐賀大学) 「モーゼス・メンデルスゾーンとユダヤ啓蒙主義」
    山本芳久氏(東京大学)「理性」と「伝統」:トマス・アクィナスのユダヤ人観を手がかりに」
司会: 小野文生(同志社大学)

 印象では、手島、後藤の両氏と、伊藤、山本の両氏とで、全体が二つのまとまりがあるように思われたが(提題は、後藤、手島、伊藤、山本の順であった)、学会の性格から、「ユダヤ」「ユダヤ思想」に焦点があるとは言え、かなり広範にわたる諸問題が扱われた。近年の啓蒙主義に関連した研究の動向からして(啓蒙主義=理性の普遍主義という図式は、あまりにも単純であり、啓蒙主義はゆるやかに繋がりまた反発し合う諸傾向の複合的な運動と言わねばならない。それは、国家や教会への関わりという啓蒙の根幹部分に関してそうである)、問題の広がりは当然としても、時間の限られたシンポジウムとなると問題設定への戦略が必要になる。シンポジウムとは一つの結論や意見の一致を求めるものではなく、聞き手にとっては特に、これから考える材料や刺激が与えられれば十分に面白い・有意義であるという点では、今回のシンポジウムは、フロアーからの厳しいコメントも含めて(すべてのコメントが適切であるかは別にして)、かなり楽しむことができた。

・啓蒙主義を論じる場合、一定程度の問題の整理から始める必要である。たとえば、認識論的プログラムとしての啓蒙と政治的プログラムとしての啓蒙とを区分した上で(シャンタル・ムフのように)、個々の事例を検討することは、有益であろう。Idealismusが観念論と理想主義と訳せることはこの一例とも言えるものであり、こうした点を意識することは、問題を錯綜してしている場合に必要な手続きとなる。

・啓蒙主義の普遍性が西欧的特殊性に依存していたことは、現在では広く共有された認識と思われるが、これは、さらに普遍性と特殊性の関係を掘り下げることを要求するはずである。今回のシンポジウムでの、ユダヤ的啓蒙としてのハスカラーはそのまさに核心に関わる問題であった。理性と権威という今回のシンポジウムのキーワードも、自明のものとして片付けることはできないだろう。

・歴史概念は複雑である。少なくとも、人間存在の歴史性と言われるレベル、古今東西どこにでも歴史叙述が存在するというレベル、そして西欧近代における歴史主義と言われる場合の歴史のレベルである。ボシュエの言う教会の継承性・救済史と、近代聖書学の問う歴史は、いずれも歴史であり、内的に連関もしているが、この両者の区分が明確化するのが、啓蒙の意義であり、トレルチ的な古プロテスタンティズムと新プロテスタンティズムの区分が含意するものだったはずである。ボシュエにとって、進歩は容認できるが、革命は認めがたいということになる。
 近代思想は、近代歴史学において学として確立する歴史とともに、近代的な地理学も生み出した。両者は、いわば、時間と空間という認識軸の区分に関わるものであるが、もし、伝承が歴史軸の事柄であれば、理性は地理的な空間軸を組み込むことになるだろうか。カントは?

・これは、フロアーからも出ていたことにも関わるが、正統派(ミトナグディーム)とハシディームとマスキリームの三者構造は、同時期のキリスト教における、正統主義、敬虔主義、合理主義という三者関係と類似している。少なくともキリスト教思想における正統主義と敬虔主義と合理主義は、相互に連動し重なりあい、しかも反発し合っているところがポイントであるが、それはユダヤ思想にも妥当するだろうか。ティリッヒは、この三者をキリスト教思想の要素と捉えている。要素・類型のレベルでの議論と、個々の思想家や思想運動のレベルでの議論を精密により分けることが必要であろう。

・トマスにおける「超越に開かれた理性」は、理性の普遍性を論じる際に考えるべきポイントとなる。トマスは、ユダヤ人理解においてはパウロ主義的か、またそれは当然か。中世のトマスの枠組みは、ボシュエにも確認できるが、それが大きく変動する出来事として、啓蒙を位置づけることがやはり必要だろうか。しかし、何が変動を貫いて一貫しており、何が変動において転換したのか、理性か、権威か、伝統か、歴史か。あるいは、救済史の進展か。
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