死と死者儀礼(10)

 前回の「死と死者儀礼」で大林浩さんの著書を紹介してから、少し間があいてしまったが、今回から、リクール(1913-2005)に入りたい。リクールは現代フランスを代表する哲学者であり、その著書の主要なものは日本語に訳されており、日本でも広く知られた思想家である。しかし、リクールが改革派の信仰をもつキリスト者であったことは、その程度認知されているだろうか。リクール自身、聖書や宗教言語に関わる論考が少なくないものの、自らの信仰を語ることには禁欲的であった、つまり、哲学者としての自己において思索し論述するという点に自覚的に立った思想家であったため、リクール哲学を論じる上で、キリスト教・キリスト教思想との関連づけを強調することはほとんど必要ない(あるいはすべきではない)とされるのも理由がないことではないだろう。しかし、彼は同時に、キリスト者であったことは、しかも自覚的にそうであったことも否定できないことである。こうした問題が鮮明に浮かび上がるのが、自らの死をめぐる思索、つまり、文字通り最晩年の思索である。今回以降取り上げるのは、『死ぬまで生き生きと──死と復活についての省察と断章』(新教出版社、2010年。原著2007年)である。

 まず、この著作における、リクールが自らについて語るキリスト教信仰について、確認しておきたい。

・断章1
「「連続した選びによって、偶然が運命に変わった」──それが私のキリスト教。」(96)
「私は生まれながらと、遺産とによって、こうなっている。私はそれを引き受ける。私は改革派の伝統のキリスト教信仰のうちに産まれ、育った。」(96-97)
「[pistis]を「信仰」(foi)よりも、「同意」(adhésion)と訳したではないか」、「私が同意するキリスト教」(98)
「伝統が産み出す解釈の歴史。イエスのペルソナと人物像との私の関係は、こうして二重に媒介されている。すなわち解釈に満ちた正典テクストによってと、解釈の伝統とによってである。この伝統の文化遺産と、私の核心の深層の動機づけとの一部をなしている。この意味で、私は自分が改革派の福音的伝統に「同意している」と認めるのである。「直接的」信仰ではない。」(102) 

・断章0(1)
「私はキリスト教哲学者ではない。」「一方で、私は単に哲学者であり」、「そして他方で、私は哲学的表現をするキリスト教徒である」、「職業的哲学者と、哲学するキリスト教徒と区別することは、それ自体の力学、その苦悩、その小さな幸福をもつ分裂症的な情況を引き受けることである。」(103)

・断章0(2)
「キリストなイエスの人物像に対する私の内省的な同意の関係」、「供犠理論に、私は信仰の知性の最悪の用法を見る」(105)
「私は聖書外の伝統の中に、別の仕方で語る勇気を探し求めよう。」(106)


 伝統を介した同意としての信仰、これがリクールが自らについて語る信仰であり、まさに解釈学的といいうる特徴を有している。つまり、彼の信仰と哲学は、彼の実存において通底していたと考えてよいであろう。しかし、リクールに先立つ世代の思想家であるティリッヒと比較すると、リクールは哲学と神学との境界や緊張について思想的テーマとして主題的に追及するのではなく、哲学にとどまっていると言うべきかもしれない。これは、信仰の質の差異にも関わる問題とも思われる(たとえば、ルター派と改革派、あるいはドイツとフランス)。もちろん、差異に尽きない問題を掘り下げることは、現代の知的状況における信仰の可能性を問う上で、有意義であろう。

 たとえば、ティリッヒはハイデッガー(とヤスパース)について次のように述べているが、これはリクールにも当てはまる事柄なのであろうか。

God also is a problem about which Heidegger expresses himself negatively, that is, always in terms of a question and never positively. To illustrate, I remember one evening, when we were colleagues in Marburg, Heidegger presented a paper. The next morning, I took a walk with him, and he asked me what I thought about it (incidentlly, it was one of the best he ever gave). To his surprise I told him, "You gave a sermon last night, an athestic sermon, but couched entirely in the phraseology of early German Pietism." He understood immediately what I meant and accepted it. This ambiguity in Heidegger's relationship to God persists throughout his work, for his interest is not theology but ontology, the question of Being and nothing other than Being.(17)
And this leads me to my final point: When you deal with existentialists, don't go to them in order to find answers. The ansewrs one finds in the later Heidegger, for example, do not come from existensialism but from the medieval Chatholic mystical tradition within which he lived as a seminarian. The answers one finds in Jaspers come not from existentialism but from the classical humanist tradition or, more precisely, German idealism; and the answers one finds in Gabriel Marcel come not from existentialism, but from classical Catholic orthodoxy. So also the answers one might find in Kierkegaard come from Pietistic Lutheranism, and in Nietzsche, from the philosophy of life with all of its romantic ambiguities and divine-demonic dimenstions. (27)
(Paul Tillich,"Heidegger and Jaspers," in: Alan M. Olson (ed.), Heidegger & Jaspers, Temple University Press, 1994, pp.16-28.)

 リクールまたハイデッガーについては、京都大学の諸講義でこれまでも、そして現在もしばしば取り上げることが少なくない。リクールに死についての思索(省察と断章)の内容については、次回以降に数回にわけて論じるとして、ここでは、今年度の講義で、レジメに掲載した、リクールの略年表を参考までに示しておきたい。

・熱心なプロテスタント(改革派)の家庭に生まれる。父は第一世界大戦で戦死(1915年)。
・レンヌ大学を経て、1934-35年はパリ・ソルボンヌ大学で学ぶ。
・第二次大戦に出征(1939年)、捕虜としてポーランドの捕虜収容所で数年間拘留。ヤスパースを読む。
・CNRSを経てストラスブール大学(1948-1956年)。
・M.デュフレンヌと共著でヤスパースについての研究書を出版。
・1950年、『意志的なものと非意志的なもの』(Le Volontaire et l'Involontaire)を主論文、フッサール『イデーンI』の仏訳を副論文として、国家博士号を取得。
・1956年、パリ大学(Sorbonne)の哲学教授。
・1960年『過ちやすき人間』『悪の象徴系』。
・1965年『解釈について--フロイト試論』出版。
・1968年5月革命の際にはパリ大学ナンテール校学長(1965-1970)として同大学学生との折衝役。
・1973年からシカゴ大学(1970-1985)神学部教授を併任。英米の言語哲学との相互影響が顕著になる。また宗教学者エリアーデと交友。
・1975年『生きた隠喩』。
・1981-83年主著『時間と物語』。
・1992年『他者のような自己自身』(「物語的自己同一性」(identite narrative)の概念を提示)。
・2000年『記憶、歴史、忘却』出版、デリダとの間で「赦し」(pardon)の観念をめぐって議論。同年京都賞受賞。
・2005年に自宅にて老衰のため死去。92歳。
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