キリスト新聞から

 KiriShin(The Kirisuto Shmbun, キリスト新聞、第3453、Sep.21. 2017) が届きました。9月も、下旬に入り、時間の早さを感じます。今週と来週と週の後半は東京ですが、その合間を縫って、いくつかの仕事を並行して行います(どちらがどちらの合間かはやや不明瞭ですが)。しかも来週からは、非常勤の仕事が始まりますし、いよいよ後期です。

<第01面>
・「歌を心の支援物資として」「〝神さまの道具になりたい〟と森祐理さん」
 
 第一面はその号の中心テーマあるいは中心的なニュースの提示と関連の写真によって構成されます。
 
<第02面>
「〝被災者の心の痛みに寄り添いたい〟弟の死がつないだ命と支援の輪」
 「阪神・淡路大震災を機に95年から開始した被災地での活動について「弟の命から託された一生の使命」だと語る森さん」

 戦後70年についての評価はさまざまではあるが、被災地を繋ぐ心の輪の形成は戦後の状況だからこそできたこと。そして、キリスト教は確かにそこに繋がっている。
 教会のコンサートで、森さんの歌声と話を聞いたことを思い出す。

<第03面>
「News/ニュース」「Topics/トピックス」:
・教会:「会衆賛美の始まりを探る 日本賛美歌学会大会」
・社会:「WCRP日本委が雲南省など訪問 中国宗教者平和委と交流」
・社会:「「実業宣教」の日本CBMCが総会新理事長に青木仁志氏」
・出版:「本屋大賞「おもしろ図鑑」が二冠 日キ販50周年でレセプション」
・海外:「教皇がコロンビア訪問 「希望と平和の巡礼者として」」
・海外:「ミャンマーのロヒンギャ迫害 ツツ元大主教がスーチー氏批判」
・海外:「米聖公会のワシントン大聖堂 リー将軍のステンドグラス撤去」

<第04面>
・「宗教リテラシー向上委員会」:
 「現実を直視する覚悟を」 (ナセル永野 日本人ムスリム)
  「ロヒンギャという民族を知っていますか?」
 「もちろん、わたしは「仏教徒はテロリストだ」と非難する気はありません。しかし、・・・」、「残念ながら現在は「イスラム=テロ」というイメージが強いことは承知していますしテロ行為に走るムスリムがあることも事実です。」
 「これまで目を背けてきた自分の宗教が抱える凶暴性、危険性といった「負の部分」を直視し、世界の現実を再確認してみる覚悟必要ではないでしょうか?」

 どの宗教にも、平和とテロの両面がある。それは宗教の両義性の現象形態。それと宗教と世俗の両義性が重なる。悪の実体化は人類がしばしば行って来たことであるが、ここに落とし穴がある。

・「縦断列島 書店員日記」:
 「仕事は地味なルーティン。でも・・・」 内藤優祐(CLCブックお茶の水(東京)、次回は「大阪キリスト教書店」 

<第05面>
・「置かれた場所は途上国 カンボジア 下  喜びとチャレンジ」 (松岡拓也)

・「東アジアのリアル/East Asian Perspectives」 
 「東アジア諸国の協調と南北問題」 (松山健作)
  「かつてのNCCKと日本キリスト教協議会の交流が盛んだったころのこと」
  「「南北平和統一」という事柄は、もはや二国間の問題を越え、東アジア諸国の協調と共に実現されねばならないという意味」
 「東アジアの平和の実現へ向けたエキュメニカル運動への参与」

<第06面>
・「伝道宣隊 キョウカイジャー+αアルファ」
 「牧道の妻たちへ」 キョウカイグリーン
  「「ここにこれだけの大人がいて、たった2人の子どもたちを支えられないのか」」

<第07面>
・SONO:「教派擬人化マンガ ピューリたん」51
 「キャンプ遊び」「お料理班」

・「Information/インフォメーション」

<第08面>
・「BookReview/書評」

・「TV/Radio」(テレビ・ラジオ)

雑誌紹介15

ここしばらくわたくしは、学会誌の編集委員長という仕事をしてきていますが、そのうちの一冊が無事に完成し、会員に送付されました。

日本基督教学会
『日本の神学』 56
教文館、2017年。

 この学会誌は、論文と書評を中心に構成され、それに、前年の学術大会の講演やシンポジウム、そして諸報告が収録されます。
今回わたくしは、序(巻頭言)と書評一本、そして編集後記を執筆しました。
 以下、書評などは省略して、紹介します。

序 学会の将来像を共有する試み (芦名定道)

<論文>
・「初期ユダヤ教とルカ文章における「知恵」の一側面──「神をおそれる」に見る「敬虔」と「他者」の側面」
 (大澤香)
・「シュライアーマッハー『宗教論』の解釈を巡って──「個体性」の倫理学的展開」
 (上田彰)
・「ガダマーとパネンベルク」 (岡田勇督)

<成果と展望(書評)>
9本

<講演・シンポジウム>
主題「核時代の平和の女子教育」
講演 キリスト教女子教育と平和 (湊晶子)
発題 被爆地ナガサキから──「浦上燔祭説」整理の背景と問題点 (小西哲郎)

<特別寄稿>
・「バルト神学受容史研究会編『日本におけるカール・バルト──敗戦までの受容史の諸断面』」
 (寺園喜基)

<英文報告>

報告
編集後記

 編集委員長の仕事も、あと1年です。57号までがわたくしの責任。なんとか、なるでしょうか。58号からは、新体制で、しかも、掲載論文の決定の仕組みが大きく変わる見込みです。


宗教改革の発端・最初期

 宗教改革500周年、いよいよ目前に迫りました。もちろん、宗教改革についての議論としては、それが中世のキリスト教の動向の中でさまざまに準備され(だからこそ、急速な展開・波及効果が可能だった)、それゆえ、カトリックにおける改革(対抗改革といわれるが)をも含む仕方で、さまざまな「改革」を引き起こした。しかし、そうであったも、ルターの存在はきわめて重要なことは変わりがない。特に、宗教改革の発端と最初期の諸文献は、基本文書と言うべきものであり、今回紹介するように、それが、一冊のしかも文庫で読めるようになったことは、きわめて意義深いと言わねばならない。

マルティン・ルター
『宗教改革三大文書 付「九五箇条の提題」』
講談社学術文庫、2017年

訳者序文 五〇〇年目のルターのために (深井智朗)
目次
凡例

贖宥の効力を明らかにするための討論〔九五箇条の提題〕
   (一五一七年 原文ラテン語)
キリスト教界の改善について──ドイツのキリスト教徒貴族に宛てて
   (一五二〇年 原文ドイツ語)
教会のバビロン捕囚について──マルティン・ルターによる序
   (一五二〇年 原文ラテン語)
キリスト者の自由について
   (一五二〇年 原文ドイツ語)

訳者解説 (深井智朗)
訳者あとがき (深井智朗)

日本宗教学会・学術大会2

 今回の日本宗教学会・学術大会も、1日目の公開シンポジウムに続き、2日目から3日目に、個人研究発表とパネルという従来通りのプログラムで進められました。部会は14に分かれており、同じ時間帯に14の発表が並行して行われるわけで、聞きたい発表を全て聞くことはほぼ不可能です。

 今回、わたくしの場合は、次の方針で、聞きました。一つは、京都大学キリスト教学に関連ある(特に学生の)発表を聞く、もう一つは、「科学技術の神学」に関連のある、今回は、宗教・科学・医療・福祉といったテーマを中心に聞く、という方針です。その結果、従来は、2日目は、あまり聞く機会が無かった、第13部会と第14部会を中心というkとおになりました。

「瞑想と癒し──心身医学の観点から」「医療における宗教の受容」「死後世界と脳──臨死の語りを考える」「日本人の臨死体験と「あの世」観」「韓国における消極的安楽死と尊厳死──「その自己決定権」の行方」といった発表、またパネル「宗教・障害・共同体──障害と共に生きるコトン宗教性」、そしてこれは、第2部会でしたが、「グールゴとドーキンス──宗教と科学との狭間で」。

 そのほかに、聞くことができなかったのが、第7部会の3日目午前中の発表です。「宗教組織が母体となる社会福祉事業におけると宗教者の役割」「宗教太陽光発電所ネットワーク」「技術と宗教──ネオ・アニミズムを巡る議論について」などです。

 これら全体を通じて感じたことは、聴衆の数が予想よりかなり多く、どの発表も、ほぼ満員状態であったことです。こうしたテーマに対する宗教研究者の関心の高まりを感じさせられます。「科学と宗教」は、医学・医療・福祉という仕方での展開を考えるべきかもしれません。

日本宗教学会・学術大会1

 今年も例年通り、日本宗教学会・学術大会が開催されました。今年で76回目、会場は東京大学本郷キャンパスです。
 開催校の方々には、お世話になりました、ご苦労様でした。
 
 まず、今回は初日の公開シンポジウムを紹介します。

公開シンポジウム
歴史のなかの大学と宗教研究

<趣旨>
東京大学には、1905 年という世界的にみても早い時期に宗教学の講座が設けられて以来、多くの大学に宗教研究の場が生まれて、日本の学術的宗教研究は質量ともに豊かな成果を挙げてきました。その後おおよそ一世紀半、大学における宗教研究が置かれている状況は、制度上も、研究方法の点でも、また宗教・政治・社会的状況の面でもさまざまな変遷を経てきました。このシンポジウムでは、宗教研究と大学との関わりを歴史的に振り返りながら、近代日本における宗教研究の歴史、特徴、現状を、とくに大学制度に視点を据えて、欧米のそれとの対比の中で明らかにし、今日的課題についての展望を得ることをめざします。

日時 2017 年 9 月15 日(金)14:40-17:40(14:00 開場)
会場 法文 2 号館2 階 1 番大教室
次第 趣旨説明 藤原 聖子(東京大学教授)

提題1 鶴岡 賀雄(東京大学教授)
提題2 増澤 知子(ミシガン大学教授)
コメント1 林 淳(愛知学院大学教授)
コメント2 久保田 浩(立教大学教授)

休憩
ディスカッション

 東京大学という場所にふさわしテーマで、宗教学を振り返り、学問としての宗教学と実定的な宗教との関わりなどを中心に、ヨーロッパ、アメリカ、日本の歴史と状況が多角的に問題にされました。キリスト教研究に関しても平行した問題を論じることが可能です。
 わたくしは、途中で所用が入り中座したため、主に会場の向かい側の2番大教室のモニターで、会場の様子を見ました。

 なお、今回の大会は、今後の学会の方向に関していくつかの改革が具体化されたという点で、その意味でも重要であったと思われます。また、わたくしも、いくつかの役職の任期を終了しほっとしています。
 また、3日目が台風と重なり、帰りが心配なこともあり、わたくしは、早めに帰りました。
  
プロフィール

LogosOffice

Author:LogosOffice
 これまで本ブログは、2013年度より2015年度まで科学研究費の交付(代表者・芦名定道)を受けて行われた研究を中心に、キリスト教思想研究に関わる情報を発信してきました。しかし、2016年度からの新しい研究プロジェクトに関連した事柄は、主に別のブログで取り扱うことにし、本ブログでは、これ以外の記事について継続的に内容を更新します(新しい科研に関するものも、記事の継続性の観点から一部はこちらでも扱います)。
 なお、本ブログにもしばしばコメントが寄せられますが、多忙のため、原則として応答その他の取り扱いはいたしません。

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